16 / 23

第16話 【元禄】ふたりの全て

冷たい耳朶に歯をたてて、狂おしい言葉をおくりこむ。幸右衛門にとって彼との逢瀬はひどく甘美で、それでいて自分を見失ってしまいそうな不安がいつもつきまとっていた。 「見せてくれ。そんな秀富が見たい。……その獣に食いつくされたい」 首をのけぞらせながら、萱野は熱くささやく。首筋を舌がつたうと、もう体の深いところで感じはじめているのか、目を閉じて何度も喘ぎのような吐息をもらした。  萱野の胸の上の色づきを指先でいじってやる。男が悦ぶ場所だとは思っていなかったが、こんなにとがって充血していては感じないではいられないだろう。 「あ……そんなところ……ああっ」  萱野自身も自分の体の変化にとまどっているようだった。それでも可愛い嬌声はとまらない。 「いいか?」 「あ……や……ああ……」 「いや?」 「……やめ、ないで」  片方を指先でやさしくつぶして、もう片方は舌を絡ませて強く吸い上げる。 「んっ…………や、あ、ああ」  たまらず萱野の腰が揺れる。無意識に幸右衛門の太ももに固くなったものをこすりつけてくる。屹立するものにおしあげられた下帯はもう頂点が濡れている。幸右衛門のももの筋肉に先をおしあてて、たまらずに鳴く。 「あ……もう、もう……ほしい」 「ほしい?」 「触れて、ほしい」  目をうるませて萱野が訴える。着物をはだけられたあられもない格好で、必死で腰を幸右衛門にすりよせる。顔を紅潮させ、まなじりまで赤くした萱野が可愛くて、思わずまた唇を重ねた。歯をあててもうとろけそうに熱い舌を甘噛みする。萱野の体は驚くほど素直に呼応して、びくりと脈打った。 「ふ……ふ、あ……」  もうなにがなんだかわからなくなったように、自分から貪欲に舌をからめてきた。唾液がふたりの顎をつたう。  彼の中にも獣がいる。幸右衛門を愛欲の淵にひきずりこむ危険な獣がいる。  唇をはなし、幸右衛門も帯を解いて着物を脱ぎ捨てた。ぐったりとしたまま荒い息をついている重実の下帯を解き、ぐい、と足をひらかせた。  ひっ、と一瞬萱野が、身をよじる。 「重実、怖いか?」 「こわ、こわくない」  強がりとわかる口調だった。それがどうしようもなくいとおしくて、また唇を重ねた。やさしく触れるだけのくちづけに、萱野の不安が少しずつ溶解していくのがわかる。  幸右衛門は脱いだ着物のたもとから、油紙の包みを取りだした。中にくるまれているのは、ふのりの切り木だ。薬屋には粉末状のものも売られていたが、好之介がてほどきしてくれたものと同じ物を求めていた。  口に含み自分の唾液でふやかしていく。その様子を、まるで初夜の床入りを迎えた処女のように、萱野があおむけのまま自分の肩を抱いて見守っている。 「ほぐすぞ」 「あ……ああ」  身をかたくしている萱野に少し苦笑して、両足の付け根の柔らかい部分を指の腹で撫でさすった。自分の口中であたためたふのりを指でかきだし、ぬめる指先で塗りのばしていく。  はあ……はあ……。萱野の吐息がだんだん甘やかな響きをおびていく。  つるり、つるりとくすぐるように指の腹をあそばせて、やがてつぷり、と爪先が門をくぐる。 「ああっ」  大きな声が出た。 「痛いか?」 「い、たくない」  ゆっくり円をえがくようにしてすぼまった菊座をひろげていく。中はすでに驚くほど熱くなっていた。 「あ……あ……」  奥へ侵入すると萱野の全身がしびれたように震えた。 「いいか?」  言いながら、指を抽送すると萱野は目を閉じてわずかに腰を動かし始めた。生白い腹の前では、一度萎えかけた萱野の分身がまた勢いをとりもどしていた。透明な蜜をこぼして自分の腹から卑猥に糸をひく。 「ああ……あ……」  指を増やしても喘ぎはとまらない。中が大きく波打ち、まるで逃したくないとすがるように幸右衛門の指をしゃぶっている。指の動きに翻弄されてくねる姿態には、もう理性のかけらもない。 「……秀富、もう、もう、抱け。抱いてくれ。……これ以上はおかしくなる」  快感の涙をこぼしながら萱野が懇願した。  幸右衛門は一層足をひろげさせ、自分の逸物をとりだした。こちらも、もうどうしようもなく怒張して濡れそぼっている。  ふのりで濡れた入り口を、頭がくぐった。 「んんっ……あっ、あ、あああ」  それだけで、うちあげられた魚のように萱野の体は大きくはねた。  は、は、と苦しげに息を吐いて、幸右衛門を受け入れようとしている。  なだめるようにやさしく唇を吸う。安堵して脱力していく体に、またゆっくりと欲望をうずめていく。  萱野は声を抑えるように自分の指をくわえた。幸右衛門はその手をとり、二人の触れている部分に導いた。濡れた体がつながっている場所に触れると萱野は、はああ、と感動したように息をついた。 「あ……あ……おれの中に秀富がいる」  くしゃっと泣きそうに、一瞬顔を崩した。  その額を幸右衛門がやさしく撫であげてやると、萱野が背中に手をまわした。 「もっと。最後まで、もっと――――もっとほしい」  言葉と同時に、萱野の奥が大きく波打ち、幸右衛門の敏感な部分をしぼりあげた。 「くっ……あ」  衝撃的な快感におそわれ幸右衛門はうめいた。  気がつくと、腰を大きくつきあげて萱野と深くつながっていた。 「あああっ。……もっと。……もっと奥まで」  涙の膜がはった萱野の瞳が幸右衛門をうつし、うわごとのように愛を乞う。  幸右衛門は萱野の両膝をつかみ大きく突き上げ、ゆさぶった。もうなにがなんだかわからなくなった萱野が首を振って激しく喘ぎ乱れる。  狂おしい時間が過ぎた。何度も萱野の中に吐き出した。萱野の花心もなんども震え、白濁をこぼした。  恍惚の嵐の中で二人は大きな波に悦楽の頂点までつきあげられ、一気に引きおとされた。互いの体にしがみついて叫び、啼いた。と思うとまた新しい波が打ち寄せて二人を抗うことのできない、快感でひたし深く溺れさせていく。  やがて、萱野の甘い嬌声は弱々しくなってきた。もうのけぞることもできなくなった彼は、何度目かの絶頂をむかえて体を震わせたあと、かくりと気を失った。あまりの愉悦にもう耐えられなくなったのだろう。  その愛しい体を丁寧にぬぐってやり、脱ぎ散らかした着物で包んでやる。  自分の左腕を枕にしてそっと横たえると、茅野は一度だけうすく目を開いた。 「……秀富、おれはもう思い残すことはなにもない」  かすれ声でそれだけつぶやき、萱野は目を閉じた。精も根もつきはてた顔で、それなのに内側から光り輝くような幸福感に満たされた顔だった。  幸右衛門はその美しい寝顔に胸がつぶれそうになった。嬉しいのと哀しいのと、いろいろな感情がなにもかも混ざり合って、どうしていいのかわからないのだった。ただむしょうに泣きたかった。 「では、十内殿にも、大高源吾殿にも、よろしくお伝えくださるよう」  萱野は下を向いて告げた。身なりは正したものの、あられもなく乱れたあとで幸右衛門の顔をまっすぐに見られないようだ。  幸右衛門も何事もなかったように、版木屋の装束に戻っていた。 「書状なら京の呉服商綿屋善兵衛あてに書けば、善兵衛殿が采配して目立たぬようそれぞれの浪士に届けてくださる手配になっている」 「心得ている」 「重実」  幸右衛門の思いつめた口調に、はっと萱野が顔を上げた。 「重実、やはりともに京へ行こう。この家を捨てろ」  どうしてもこのまま立ち去りがたくなり、幸右衛門は萱野の手をとっていた。 「仇討ちの日まで、一緒に京に潜伏しよう」  萱野は半信半疑の顔で幸右衛門の目をみつめた。ぎゅっと眉をよせ、目を見開いた幸右衛門の表情に本気の決心を見てとり、萱野の顔はぱっと希望に華やいだ。しかしすぐにあきらめたような苦笑に変わる。 「みな生活は苦しいのだろう。小野寺家とて同じではないか」  小野寺の家は比較的余裕のあるほうだったが、大石内蔵助の嫡男大石主税(おおいしちから)をはじめ何人も同志が居候していた。 「先のことは考えるな。お前ひとりくらい、おれがなんとでもする」  意固地に言いはると、萱野は苦悩のにじむ顔で言った。 「おれにはやらねばならぬことがある。ここで兄上を監視せねばならぬ。兄上に仇討ちの密盟を公儀に申し出る動きがあれば、おれが事前に止める。――兄と、刺しちがえても」  悲壮な覚悟をもってそう語る萱野を、幸右衛門はそれ以上困らせることができなかった。  強く握っていた萱野の手から、指を一本一本はがしとるようにして離し、その場をあとにした。

ともだちにシェアしよう!