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第21話
「今度こそ、僕の番ですからね」
純平は嬉しげにいって、駆け布団をめくった。サイドテーブルに置いた潤滑剤の瓶をとり、蓋をはずした。慣れた手つきだった。細くなった先のノズルを背中から自分の尻のほうに持っていく。
「入れて、ください」
顔を赤くして大介にねだった。大介が瓶を持つと、シーツの上にうつぶせになって膝をつき、尻を差しだした。
「本当にここまでするのか?」
純平のこういう大胆さに驚くとともに、清められた秘部がいきなり目の前にあらわになってとまどっていた。
大介はごくりとの喉をならした。うまく言葉にできない違和感を感じていた。本来ならトップの自分が、もっとうまくリードして自然とそういう流れをつくるべきだろう。
こんなふうに即物的に尻を出されて、潤滑剤を注入するなんて。なんだかテレビ番組の料理の作り方でも見ているみたいだ――大さじ三杯の潤滑剤(ローション)を入れて、指でよくかき混ぜます。
「純平、ちょっと待って」
「やっぱり、こんなの無理ですか」
「そうじゃないよ」
「僕、ちゃんと頑張りますから」
「そうじゃない」
「お願いですから――抱いてください」
憐れな声で懇願されると、大介はどうしていいのかわからなくなった。確かにここまでされて拒んでは、彼を傷つけてしまう。しかし恋人とのセックスとはこんなものだったろうか。
純平はベッドに突っ伏していた上体を起こして、大介のほうを振り返った。
ベッドに膝立ちのまま、どうしていいかわからなくなっている大介に微笑んだ。それは今までの純平の印象からかけ離れた妖艶な笑い方で、大介の心の中の違和感はさらにふくらんだ。。
そんな、ポルノDVDのモデルみたいな顔して笑わないでくれよ。本当の純平はそうじゃないだろ? どうしてそこまでして俺に媚びる? セックスして欲しそうな顔をつくる?
「よかった、できそう」
純平は手をのばして、大介のペニスを握った。少し勢いをなくしていたそれは、触られた刺激で、また元気に頭をもたげていた。
純平は大介の手から潤滑剤の瓶を奪い、自分で尻の谷間に垂らした。人差し指でおざなりに塗り込む。
「これで大丈夫です。挿れてください」
これにはさすがに、初心者の大介も首をふった。
「こんなんじゃだめだろ。もっと――もっと丁寧に慣らすんだろ? 切れちゃうぞ」
「濡らしましたから」
純平は自分から腰を近づけてきた。焦っているようだ。自分の手を添え、大介のそれを自分のアナルへ突き込もうとしている。
大介はとっさに純平の腰を止めさせた。
「だめだ。こんなの痛いに決まってる」
「できますよ。ゲイはみんなやってます。女性と同じくらい気持ちよくなれますよ」
「いや、みんなもっと手順を踏んで、安全にやってるはずだ」
「大介さん。お願いです、ください」
さっきからのこの攻防はなんなのだろう。
純平を悲しませたくはない。でもこんなのは嫌だ。大介の心にできたささくれのような違和感は、いまや、一つの傷になって、ひりひり痛んでいた。
「純平……純平は、こんなやり方しか知らないの? これが君のセックスなの?」
純平の動きが止まった。
「僕は、大介さんを気持ちよくさせたいんです」
そう言いはる純平は、やはり大介の知っているけなげな彼なのだ。
「だから、言うとおりにしてください」
純平は無理矢理大介を受け入れようとした。大介は大きな抵抗に息をつめた。
貫く。まさにその言葉がふさわしい、残酷な蹂躙の仕方だった。さっきまで硬くしまっていたすぼまりは、濡れたとはいえメリメリと布がさけるような感触を大介に与えた。
「ふ、うう」
純平が苦しげな声をもらす。もはや喘ぎではない。痛みをこらえている声だ。尻を支えている足が震えている。
「やめよう、純平。こんなのはセックスじゃない」
「平気ですから。僕、痛いの、好きなんです。抱かれてるって感じがします。だから――」
純平はさらに言いつのった
今さらMだというのだろうか。大介は純平の腹のほうに手をのばした。純平のペニスは苦痛に萎えかけていた。そしてさっきのようにそれを、せっせと自分で握ってしごいているのだ。
大介が少し姿勢を変えただけで痛むのか、純平の体はこわばり、背中が冷や汗でしめっていた。口では欲しいと言い、媚びた笑顔で大介を誘いながら、体は引き裂かれる痛みを怖がっている。
大介は背中に覆いかぶさり、首筋にキスをした。唇の熱で暖めてやるようなゆっくりしたキスだった。純平の体が少し弛緩した。
「でも、俺はSじゃないよ。こんな苦しそうな純平をこれ以上抱けないよ」
暗い部屋に、自分の声がひどく悲しく響いた。
「僕……」
「今日はもう充分だから。少し眠ろう。俺ももっとうまくできるように研究するからさ」
なるべくやさしく言って、大介は腰を引いた。ほんの少しだけ純平の体内にもぐりこんでいたペニスを抜いた。崩れるように純平はベッドに横向きに倒れた。安心したのか、失望したのかはわからない。両手で顔をおおってしまった。
「ごめんなさい。大介さん、ごめんなさい」
泣きだしそうな声で何度も謝罪の言葉をくりかえす
「あやまるなって、俺もうまくなかったんだから」
濡れた純平の尻を用意していたタオルでぬぐった。そのままシーツの上に寝かせる。
「ゆっくりやろう。男同士だからって、絶対にアナルセックスをしなきゃならないわけじゃないだろ? どっちかが痛い思いや恐い思いをしてまでやることじゃないと思う」
「でも、挿れられないなんて、セックスする意味が」
「セックスする意味は二人の距離が近づくことだろ? だったら、きまずくなるようなのはやっぱりおかしいんだよ。俺は純平とイーブンな関係でいたい」
少しの間、純平は黙った。一生懸命考えているようだった。
「……僕にはまだ、どうすればいいのかよくわかりません」
「俺にもわからない、でもきっと俺たちにあったやり方があると思ってる」
いや、俺がみつけてやりたいんだ。大介は純平の髪を撫でた。
いつからこんなセックスをくり返してきたのだろう。一方的に求められて奉仕し、尻を差しだして痛みを我慢する。未熟だった彼に、最初にそれを教えたのは、あのフリースクールの先生なのだろうか。だとしたら、そいつだけは許せない、と大介は思った。
こんなのは搾取だ。暴力だ。こんな一方的なセックスを強いていたなんて。それでも……それを純平は「愛された」という。
その夜、大介はなかなか寝付けなかった。すっかり意気消沈してしまった純平を慰めるように、ずっと背中や頭を撫で続けていた。そのうちに純平は寝息をたてはじめた。彼も疲れきっていたのだろう。
大介は薄闇の中で純平の寝顔をみつめていた。大好きな寝顔だ。彼の安らいでいる姿は、いつも大介を癒してくれた。なのに今夜はなぜか、やるせなくてしかたがなかい。
目を細めて見守っていると、純平は手で自分の周囲をさぐりはじめた。目は閉じられたままだ。半分眠りの中にいるようだった。大介はその手をにぎった。そっと自分の裸の胸に触れさせる「ここにいるよ」と教えるように。
純平は少し安心したように微笑み、つぶやいた。
「せんせい……」
その声か細い声は、一度静まりかけた大介の心に逆風を起こした。怒りとも嫉妬とも区別のつかない感情の引き金がひかれる。出口のない思いは、内側に火花を閉じこめたまま暴発するしかない。
大介は反対の手で拳をつくり、ベットのマットを思いきり一度殴りつけた。
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