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第24話
大介は両腕をひろげた。純平がおずおずと大介に歩み寄る。途中から走りだし、飛びつくように首に両腕をまわした。
大介は力一杯抱きとめた。
二週間ぶりの抱擁だった。こうして考えてみると、遠距離恋愛をしているようなカップルにくらべたら、たいして我慢していなかったことになる。それでも大介にはたまらなく不安な二週間だった。
背中に腕をまわして引きよせ、帽子に包まれた頭を撫でた。純平はくったりと大介の胸にくっついている。そのしぐさは大介にだけ心を許している証拠のようで、たまらなく可愛らしかった。
「俺たち、このまま終わるわけないよな」
「すみません。本当は、僕から連絡しなきゃって思ってました。この前は僕が大介さんを不安にしたから、今度は僕からつかまえにいかなきゃって。きっと大介さんは許してくれる。わかってくれるって」
純平が涙声でささやいた。
「なんだ、もうちょっと待ってたほうがよかったか?」
純平は大介の肩に顔をのせたまま、小さく首をふった。
「来てくれて嬉しいです。こんな意地の張り合い、もう嫌です」
しばらく倉庫の片隅で抱き合っていた。そのうちに、純平が離れた。倉庫の奥から空のビール瓶ケースをもってきてさかさまにして置いた。上に緩衝材のクッションをのせて平にならした。
「ここで、僕の仕事が終わるの待っててください」
大介のための特等席らしい。
純平はうーんと伸びをして腰をのばし、肩をまわした。表情にやる気がみなぎっている。
「大介が見ててくれたら、僕、頑張れます! すぐ終わらせますからね」
張り切っている様子は幼くて可愛らしい。
「手伝おうか?」
「いえ、これは僕の仕事ですから」
胸を張って言った。それから純平は言葉通り、きびきびと段ボールを運び、積み上げていった。時々、伝票の数字に合わせて中身を調整している。みっちり段ボールの乗ったカゴ車には、ゴムベルトと配送コード番号を書いたおもて紙が張られた。
「もう終わります」
純平は最後に伝票の整理をして、戸締まりをした。
大介は倉庫の外に出た。息が白くなっていた。
純平がじゃらじゃら音をさせて鎖を引くと、アルミのシャッターが下がってきた。内側から鍵をかけ、事務所の出入り口を戸締まりを済ませて純平が出てきた。作業着の上に短いダウンコートを羽織っていた。
「忘年会、本当に行かなくていいのか?」
大介は少し心配になってたずねた。
「いいです。『普段、男の恋人となにするの?』とか、『お前は女役?』とか、酔っぱらいに面白がって質問されるだけですから」
純平は大介の車に向かいながらうつむく。
「純平」
「あ、いいんです。別に。みんなはきっと僕と仲良くなろうとしてくれてるんです。悪気じゃないのはわかってるんですけど。でも、僕はそういうことをネタに面白く話せるオネエタレントとは違うんで。恥ずかしがったっていいですよね」
少しだけ強がりの透ける笑顔で笑った。
※ ※ ※
帰りにコンビニエンスストアに寄って食料を仕入れた。二人が過ごすのはいつもどおり大介の部屋だ。
「そのうちもっと、ビシっとしたデートもしたいなー」
大介は冷凍のパスタに野菜ジュースを買い、純平は牛丼と缶コーヒーだった。ズワイガニが入っているというアメリケーヌソースを、大介はプラスチックのフォークでからめとる。
純平はいっぱい頬ばった口をもぐもぐさせて飲みこんだ。
「ビシっとって、どんなのですか」
「ホテルの鉄板焼きとか、ネオフレンチのコースとか行こうよ。あ、そうだ中華もいいな」
純平は割り箸を持ったまま、まん丸く目を開く。
「そんなの、僕、着て行けるものがないです」
「それも楽しみなんだよな。純平にちゃんとしたスーツ作らせて。腰は細いからイタリアのブランドがいいかもな」
純平は少し背は低いが、ほどよく筋肉がつき引き締まっている。モデルにしてもいいくらいだ、と大介は思う。顔はほころんだ薔薇のつぼみのように少し幼くてみずみずしい。純平にみとれる男女を、大介は余裕の笑顔で見返すのだ。ほら見ろ、俺の男は可愛いだろ?
そんなところまでぼんやりと夢想した。
「今年のクリスマス、週末なんですよね。翼くんの送迎かぶっちゃいますね」
「じゃあ、ま、お子様を帰してから家飲みかな」
「翼くん用にチキン買いましょうか」
純平は今から楽しそうだ。
大介は前に、アメリカのルポでゲイカップルが養子を迎えた記事を読んだことがある。純平となら、こうして家庭を持つことを考えてもいいと思う。
きっと彼自身も癒されていくはずだ。
大介は、空になったパスタの容器をまとめてゴミ箱に入れた。
「な、純平はなにがほしい?」
「なんですか?」
純平も米粒一つ残さずに食べ終わって、缶コーヒーを開けていた。
「そりゃ、このタイミングなんだからクリスマスプレゼントだろ。欲しい物がなかったら、行きたいところでも、俺にしてほしいことでも。俺にできることならなんでもしてやるよ」
純平は首をかしげて少し考えた。
今まで他人に甘えてこなかったのだ。こんなことを言われても言い出しにくいだろうと大介は思った。なにか選択肢やヒントを出してやるか。そのつもりで、先にゴージャスなデートの計画も聞かせたのだが、純平はあまり心惹かれなかっただろうか。
純平は部屋のあちこちに視線をとばして逡巡していたが、やがて大介を試すようにみつめてきた。
「ほんとに、なんでもしてくれますか?」
「うん」
「わがまま言ってもいいですか」
大介は微笑んで深くうなずいた。
「じゃあ僕、大介さんと一緒に寝たいです」
「え」
大介は鳩が豆鉄砲という顔をした。
「ここにある、大介さんのベッドで、初めて会った日みたいに、添い寝だけしたいです」
「それは」
純平はあわてて言い足した。
「あの、えっちなことは無しで」
純平は顔を伏せた。まっすぐの髪がさらさらかかってその複雑な表情を隠した。
純平は本当はセックスが恐いのではないか、と大介は思っていた。「これは愛だ」「ゲイのセックスはこういうものだ」と自分にいいきかせても、実際には自分がああいうふうに扱われるのはとても恐いのだろう。
「いいよ。じゃあ、添い寝ね。クリスマスプレゼントっていうか、もう今夜でよくない?」
「今夜、いいんですか」
「いいよ。泊まっていきな。明日は朝一で送ってやるから」
大介が軽く請け負うと、純平はちょっと驚いたように眉をあげた。
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