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第25話

「おいで」  布団をまくってやると、子犬のように純平が飛び込んできた。ふたりとも普通に寝間着を着ている。大介はフランネルの上下で、純平は大介に借りたスウェットのセットだ。 「変なお願いですみません」  布団にもぐりこんで、大介のとなりにいそいそ横たわった。 「こういうのが好きだった?」 「好きです。ここ。大介さんのベッド。大介さんの匂いがして。僕が一番安心する場所です。ここにいると僕は全部許されたような気持ちになるんです」  純平はもうほんわりと頬をゆるませている。 「この前、うまくえっちできなかったとき、大介さんがずっと頭や背中を撫でてくれてたじゃないですか。あれが嬉しくて。なんだか天国にいるみたいだったんです」  目を半眼にして陶酔するように純平がいう。 「天国?」 「気持ちよくて。今まで感じたことのない、やさしい気持ちでいっぱいになって。ここが」 大介は自分の腹の下のほうを自分でさすった。 「ここらへんがじわっとあったかくなって。幸せで」  大介は胸が熱くなるのを感じた。閉ざされたと思っていた純平の心に、自分の気持ちは届いていたのだ。 「じゃあ、今日も撫でていい? 抱っこも?」  純平はうなずいた。あいかわらず羞恥で頬をうっすら朱に染め、そっと自分から大介の肩口に自分の頭を寄せた。  大介はくしゃくしゃと髪を撫でてやった。なめらかな背中をなで、首に腕をまわして抱きよせた。純平が嬉しげに震える吐息をつく。  前戯を知らない純平は、こういう行為をどうねだればいいのかがわからなかったのかもしれない。  触れる度に、体から力が抜けてくったりとなった。純平はすっかり愛撫に酔いしれているようだ。もはや大介になされるがままだった。  艶めかしく、やわらかく、芯がとろけてしまったような純平の体の中で、一箇所だけが硬く存在を主張している。  そこに触れてはいけないのだろうか、と大介は迷う。「えっちなことは無しで」そう念をおされたのだ。  背中を撫で下ろして腰を抱きよせた。大介の太ももに、つっかい棒のように純平の熱くなったペニスが触れた。服の上からももうはっきり形がわかるようになっていた。 「ん、あっ」  純平はあわてて腰をひいた。 「すごく勃ってるね」  大介が囁くと、純平は耐えられない、というように顔を枕にうずめてしまった。 「だって……しょうがないです。こんなに、こんなに大介さんの近くにいるから」 「触ったらだめ?」 「だめ」 「じゃあ、キスしていい?」 「だめ」 「どうして」 「だって、今キスしたら、僕、それだけでイっちゃうかも」 「イかせたいな」 「汚しちゃいます」 「服脱いで、触らせてよ」  そして、純平の手を自分の股間へ導いた。 「俺だってキスしたらイっちゃいそうだし」  硬い屹立に触らせた。  純平が眉根を寄せて困った顔になる。困っているのに、なぜかそれは泣きそうに嬉しげな顔なのだ。 「大介さんも僕に勃つんですね。こうして一緒に寝てるだけで勃つんですね」  そういいながら、服ごしに先端を撫でられ、大介は少しだけ息をつめた。それでもすぐに余裕をとりもどして、純平の頭を撫でてやった。  そうだよ、そんなに心配しなくていい、と。 「ちゃんと、スキンシップやキスで勃つんだから。いきなり口でくわえたりしなくていいんだよ。いや、まあ、あれはあれで、よかったけど。でも、こういう時間が必要だよな? 純平が安心して気持ちよくなるための時間。わがまま、とか言うなよ。俺もこうやってお前を甘やかすのが一番好きなんだから」 「大介さん」  吐息混じりの純平の声は、もう睦言のようだった。 どちらから、ともなくキスをした。舌をからめて求め合った。体を横向きに向かいあわせたまま、互いをさぐり、脱がせ、撫で、愛した。  キスをくり返しながら、ふたりは互いを愛撫した。  言葉はもうなかった。乱れる呼吸と、濡れた舌の感触。口の中を蹂躙されていく喜びと、腰をつきあげてくる鋭い快感。  ふたりで溺れていくようにしがみつき、そのまま同時に果てていた。    ※   ※   ※  市販のチキンとミニケーキのクリスマスパーティーを、翼は子供らしく満喫してくれた。タグラグビー教室で、真冬のグラウンドを駆けたあとだというのに、夕方になっても元気だった。  この日のために買った電飾付きのツリーが、窓辺でぴかぴか輝いている。大介は仕事部屋を片付けて、色とりどりの風船を花束のようにまとめて飾った。前に幸太郎の保育園で見たアイデアだったが、翼も、おもいがけず純平も大喜びだった。  大介がロシア産のイクラの缶詰を出してやり、一緒に手巻き寿司も作った。  純平が翼にシャンメリーのおかわりを注いでやると、そこで瓶が空になった。最後の一滴がぽたりとコップに落ちるのを、翼は残念そうに見ている。 「あ、ジュース、なくなっちゃったよ」 「こういうの、あんまり入ってないんだよなあ」  アニメのキャラクターのついたシャンメリーだった。すかさず純平が立ち上がった。 「僕、飲み物買ってきますよ。大介さん、ついでに買う物あります?」 「じゃあ、朝食用のパンも頼む」  黒のダウンコートを羽織った純平を、いそいで翼が追いかけてくる。 「僕も! 純平と一緒に行く」 「翼くん、コート持っておいで」  ふたりが仲良く手をつないで買い物にいくのを、大介は玄関まで見送った。  まるで本当の親子のようだった。いや、純平の年齢なら、親戚のお兄ちゃんくらいか。  暖房の入った部屋まで引き返そうとしたとき、背後でしまったばかりの扉がノックされた。  忘れ物でもして帰ってきたのか、と思わず大介は確認もせずにドアを開けた。  そこに立っているのは、白いダッフルコートを着た美男子だった。 「さ、坂下、さん」 「こんばんは。あなたは久我さん、ておっしゃるんですね。僕のこと、覚えていてくださいましたか」  坂下は一度頭をさげ、表札を指さした。  大介は困惑した。こんなことは想定していなかった。 「どういうことですか。俺は、弁護士さんに連絡したんですよ。例のフリースクールの先生を訴える件について、詳しい説明がききたいって」 「中に入れていただけないですか。そういう内容の話だと思いますが」  坂下は周囲を気にしながら言う。 「今は困るんだ。もうすぐ純平と預かっている子供が帰ってきてしまう」 「すぐにすみます」  どうせ居座って純平にも会っていくつもりなのだろう。大介は迷う。坂下の目的がわかっている以上、部屋にあげたくはない。しかし、マンションの住人も通りがかる場所で、デリケートな話を続けるのはたしかに問題がある。 「頼む。すぐに終わらせてくれ」  玄関に招き入れた。  パーティーの名残がある部屋の椅子に、坂下は腰かけた。 「僕は今、弁護士の上野先生の個人事務所で事務員として働いています」  坂下は、約束通りすぐに本題に入った。 「なので、あなたの問い合わせ電話を受けたのは、じつは僕だったんですよ。声でわからなかったですか?」  大介は呆然としたまま首をふった。 「上野先生は、僕のプライベートのパートナーなんです」  さらりと言った。そして、急にはすっぱに笑った。 「驚きました? でもそんな関係じゃなければ、力になってくれる弁護士なんてみつかりませんよ。公訴期限ぎりぎりの事件をほじくりかえしたい、なんて。しかも、男が男に犯されてるなんて」  坂下の顔にすっと影がよぎった。純平と同じように、彼もずっと苦しんできたのだろうか。  大介は坂下の正面に座って、貫禄では負けじと足を組んだ。 「なぜ、君は純平を引き入れることにこだわるんだ? それは純平のためなのか? 君たちだけでやればいいだろう」 「そうしたくても、できないからですよ」  ため息とともに、坂下の表情が曇った。

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