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第2話

それから1週間がたった。 「ただいま、カブ太、カブ子」 仕事から帰ってくると、コンビニ弁当を食べながらスマホでカブ太とカブ子の飼い方を調べたり、カブトムシを飼っている人のブログを読んだりするようになった。 せっかく俺の家に来てくれたんだから、野生のカブトムシより少しでも快適に生きて欲しいと思うようになった。 晩ご飯が終わると、霧吹きで土を湿らせて、カブトムシゼリーを与える。 最初は、いきなり飛び出してきたらどうしよう…と、おっかなびっくり飼育ケースを開けていたけど、割とおとなしい。 一度も飛び出してくる事はなかった。 朝、会社に行く時はほとんど土の中に潜っていて、姿が見えないからちょっと淋しい。 姿の見えないケースに向かって『行ってきます』を告げて出かけるようになった。 家に帰ると真っ先にケースをのぞいて安否確認をする。 『ただいま』を言える相手がいる事が嬉しいと思った。 夜行性らしく、夜は元気いっぱい。 初日に同じ部屋で寝たら、夜中に歩き回ってガサガサゴソゴソ音を立てるし、硬い体がプラスチックの飼育ケースに当たるらしく、コツンとかゴリゴリとか…とにかくうるさい。 そのせいで、ほとんど眠れなかった。 直射日光を当てないように…との事だから、空いている隣の部屋に飼育ケースを置く事にした。 最初は大変な事になった…と思ってたけど、俺はすっかりカブ太とカブ子に夢中になっていた。 ゼリーを食べる口元や背中の丸っこいフォルムが可愛い。 そう、俺は昆虫に対して『可愛い』という感情を抱くようになってしまった。 カブ太とカブ子はそんな俺やお互いを気にする様子もなく、黙々とエサを食べて気ままに生きているように見えた。 ほとんど同じ事の繰り返し。 毎日毎日同じ味のゼリーを食べて、夜になると狭い飼育ケースの中をうろついて、昼間は土に潜る。 何が楽しいんだろう。 もっと広いところを自由に動き回りたくないんだろうか。 目いっぱい羽を広げて大空を飛びたくないんだろうか。 でも、よくよく考えてみたら毎日会社と家の往復をして、コンビニ弁当を食べて眠くなったら眠る生活をしている俺と同じだった。 そう思ったらちょっと親近感がわいた。 気づくとカブ太とカブ子の事ばかり考えている自分がいた。 ネットでカブトムシの検索ばかりしてるから、検索サイトを開くとやたら昆虫や生き物のニュースやバナー広告が目立つようになった。 カブ太とカブ子は俺の人生を変えた。 そんなある日の事。 お風呂あがりに何気なくケースをのぞくと、カブ太とカブ子が交尾をしていた。 ジタバタするカブ子にカブ太が覆い被さって下半身を繋げているようだった。 カブ子がもがくから土を散らかしたり、ゼリーをひっくり返したり…と、想像以上にアクロバティック。 硬い体が擦れ合う音もしてちょっと痛そう。 致してるところをのぞき見するなんて申し訳ないと思ったけど、気になって成り行きを見守ってしまった。 30分くらいすると、カブ太とカブ子は何事もなかったかのようにあっさり離れて、好き勝手に過ごし始めた。 ついさっきまであんなに愛し合っていたのに。 事後の余韻に浸る事もないのかな…。 そんな事を思いながらも、俺は交尾中の2匹の姿に胸をうたれた。 俺がのぞいている事にも気づかない程、お互いに夢中なのが印象的だった。 命がけで愛し合っているように見えた。 俺もあんな恋がしてみたい。 運命の相手と全力で愛し合ってみたい。 まぁ俺の場合、その相手探しからしないといけないんだけど。 「おめでとうカブ太、カブ子」 その日はいつもより1個多くカブトムシゼリーをケースに入れた。 ささやかだけど俺からのプレゼントのつもり。 交尾をして疲れただろうから栄養をとってゆっくりして欲しいとも思った。 カブ太とカブ子のカップル成立は、親戚や友達が結婚するのと同じくらい俺にとっては幸せな出来事だった。

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