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第6話
「おはようございます…」
次の日の朝の事。
俺は眠い目をこすりながら始業時間ギリギリに出社した。
「どうした、松本 。元気ないぞ」
朝から無駄にテンションが高くて大きな声の課長。
「すみません。ちょっと眠れなくて…」
元気なのはわかった。
お願いだからもう少し声のボリュームを落として欲しい。
昨日の夜、本條 さんと触れ合った事に興奮しすぎた俺は目が冴えてしまって全然眠れなかった。
ドキドキしすぎたせいで感覚が研ぎすまされてしまってなかなかスイッチオフができなかった。
それに、目を閉じると本條さんの顔が浮かんで、眠ってしまうのがもったいなくて…。
心配そうに俺を見つめる本條さんと目が合った。
あれ?本條さんも何となく目の下にクマがあるような…?
でも、ジロジロ見るのは不躾だと思って少しだけ会釈をした。
仕事は全く手につかなかった。
今日が締め日じゃなくて本気で助かった。
ただでさえ本條さんが好みのタイプすぎてソワソワしてしまうのに、昨日の一件があってから、さらに意識してしまうようになった。
電話をしながらメモを取る時のペンを持つ仕草がキレイ。
パソコンに向かう時のメガネ姿も素敵。
昨日と違うメガネ。
ネクタイとコーディネートしてるって気づいてしまった。
そんなところまでオシャレだなんて…。
見たらダメだと思うのに、どうしても吸い寄せられるように見てしまう。
俺の視線に気づいた本條さんは、じっと俺を見つめて優しく微笑んでくれる。
心臓がまたバクバク音を立てる。
こんな生活してたら心臓がいくつあって足りない気がする。
もしかしたら、これはドッキリなのかも知れない…。
ターゲットは何の面白味もない俺。
本條さんとのやり取りでドキマギする俺を会社の皆で見て楽しんでるんじゃないだろうか。
そうでもなければ、本條さんが俺に微笑みかけてくれる訳がない。
「松本、どうした。本條がイケメンだからって恥ずかしがるなよ、男同士だろ」
課長の大きな笑い声。
もう本気で黙ってて欲しい。
男同士だからマズイんだ。
俺は男の人が恋愛対象なんだってば!!
相変わらずギャラリーが多くて、本條さんは見せ物状態。
俺が見られてる訳じゃないのに何だか落ち着かない。
動物園の動物側の気分。
こうやって見られるだけでも嫌なのに、動物たちは食事してるところも、眠ってるところも見られてプライバシーなんてないし、おまけに好き勝手に写真まで撮られて…。
動物たちも大変だなぁ…。
あ、でも俺カブ太とカブ子に同じ事してる…。
ごめんね、カブ太、カブ子…。
今頃何してるかな…。
俺に見られずに済むから伸び伸びしてるのかな。
見物にきた皆は本條さんを食事や飲み会に誘う。
あまりに皆が誘うから本條さんは少し困った様子。
とうとう課長から『生活と仕事に慣れる1か月はだめだ』とお誘い禁止令が発令された。
何とか終業時間を迎えて、俺はすぐに会社を出た。
今日はまっすぐ帰ってゆっくり休もう…。
ぼーっと歩いていると、すぐ真横に誰かの気配。
誰だろう、距離近いな…と思いながら顔を上げると、そこには本條さんが立っていた。
「やぁ、松本さん。一緒に帰ろう。よければご飯でも行かない?」
爽やかにご飯まで誘われた。
嬉しくて眠気も怠さも吹き飛んだけど、本條さんには課長の『お誘い禁止令』が出てる。
抜けがけするのはよくないよね…。
「あれは『誰かが俺を誘うのが禁止』っていう意味だよ。『俺が誰かを誘う』のはいいんだよ」
そんな風ににっこり微笑まれたら断れる訳がない。
帰り道で見つけた家の近くの洋食屋さんに入った。
本條さんはハンバーグ、俺はオムライスをオーダーした。
キレイな所作で美味しそうにハンバーグを頬張る姿は見ていて気持ちいい。
フォークとナイフを扱う指先や、ついてるよ…と、俺の口元についたケチャップを拭う時の柔らかな表情に、必要以上にときめいた。
好物のオムライスのはずだったのに、ほとんど味がわからなかった。
「今日もカブ太とカブ子に会いに行きたいな」
本條さんがそう言ってくれたから、そのまま俺の家へ。
本條さんは昨日と同じようにケースをのぞきこんでカブ太やカブ子に話しかけていた。
穏やかな横顔をすぐ側で見つめる幸せ。
昨日みたいな展開になったらどうしよう…ってドキドキしてたけど、本條さんは俺に触れようとはしなかった。
昨日のような甘い雰囲気も気配も微塵もない。
手を伸ばせば届く距離にいるのに…。
『カブ太とカブ子みたいにこうやって同じ部屋にいて、一緒に食事をしていたら松本さんは俺に恋をする?』
あの言葉は何だったんだろう。
本当に俺をからかっただけなのかな…。
結局、本條さんはカブ太とカブ子を眺めて『また明日』と告げて爽やかに帰っていった。
今日も、帰らないで…なんて言えなくて、切ない気持ちでその背中を見送った。
それから俺は缶ビールを持ってカブ太とカブ子のケースの前へ。
考え始めたらまた眠れなくなりそうだからお酒の力を借りる事にした。
「カブ子…。どう思う?」
缶ビールを飲みながら、恋の先輩のカブ子に相談したけど、カブ子は興味なさそうにゼリーを食べていた。
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