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第12話
「ありがとう、湊世 」
「そんな…///」
俺と一緒に過ごしてくれるんだもの、俺の方こそありがとうを言わなくちゃ。
今日は1日で色々な事があった。
まさか本條 さんとお付き合いする事になるなんて。
一目惚れしてずっと憧れてた本條さんとキスをして、そのまま一晩一緒に過ごせる事になるなんて。
そんな映画やドラマみたいなキラキラした事が平凡な俺の身に起きるなんて、誰が予想しただろう。
昨日大掃除をしておけばよかった。
シーツを買い換えておけばよかった。
おもてなしできるような飲み物もお菓子もないし…。
慌てる俺を見て本條さんがクスリと笑う。
「大丈夫だよ、ありがとう。俺はお客さんじゃなくて、湊世の日常になりたいんだ。普段の湊世の生活に、さり気なく溶け込めたら幸せだと思うよ」
俺の…日常…。
平凡な俺の日常に本條さんのエッセンスが加わったらどうなるんだろう…。
存在感のない無色透明な俺に、眩しくて彩り豊かな本條さんの色が加わったら、俺の人生は華やかになる事間違いなしだ。
身も心も本條さんの色に染められたい。
本條さんの好きなように染めて欲しい。
でも…本條さんは?
無色透明な俺のエッセンスを加えたところで本條さんの輝かしい人生は何も変わらない。
毒にも薬にもなれない、空気みたいな俺。
そんな俺が側にいていいのかな…。
「…なんて、図々しいね。湊世には湊世の生活ペースがあるからね。無断で踏み込もうとしてごめんね」
申し訳なさそうな本條さんの顔。
「違うんです…!紘斗 さん…!」
俺は必死にそれを否定した。
本條さんになら無断で踏み込まれても荒らされてもかまわない。
何をされたって幸せ。
盲目的にそう思ってしまうくらい本條さんが大好き。
でも、そう思っている事や、ネガティブ思考に陥って自信をなくしていた事を上手く説明できる気がしない。
うつむいていると、本條さんが手を握ってくれた。
「ゆっくりでいいよ。何が『違う』のか教えて…」
本條さんは優しかった。
まとまりのない俺の話に気長に耳を傾けて、俺を理解しようとしてくれた。
これからは、もっと話す練習をしよう。
自分の気持ちをもっと上手く表現できるようになりたい。
本條さんともっとコミュニケーションを取りたい。
「…そういう事だったんだね…。でも、俺の中の湊世は無色透明じゃなくて『白』のイメージだよ。白は単色でもキレイだし、存在感もある。どんな色にでも馴染むし、溶け込んで元の色を優しい色に変える。清楚で純真無垢な感じとか…天使みたいな湊世にぴったりだよ」
「て、天使///」
天使だなんて言われた事ない。
親もそんな事言わなかったはず。
誉められて嬉しいけど、清楚も純真無垢も俺を形容するのにふさわしい言葉とは思えない。
もしかして…本條さん、世の中の人とちょっと感覚ズレてるんじゃ…?
「それに湊世の唇は俺にとって特効薬で媚薬で毒薬だよ。湊世がキスしてくれたらきっとどんな疲れも吹き飛ぶし、辛い事も忘れられる気がする。それに、湊世とキスをすればするほど気分も好きな気持ちも高まっていくし、もっと深く味わいたくなる。今日初めてキスをしたばかりなのに、もう完全に中毒だよ…」
今すぐキスしたい…と、下唇を指先でチョンとつつかれる。
何の変哲もないただの俺の唇にそこまでの価値を感じてくれるなんて本條さんは不思議な人。
やっぱりちょっと変わってるのかも…。
世の中的にはパッとしなくて、どこにでもいそうな俺だけど、本條さんの世界の中では、レアなタイプなのかも知れない。
可笑しくなって思わず笑ってしまった。
俺、もうちょっと自分に自信を持ってもいいのかも。
だって、こんなに素敵で完璧な本條さんが選んでくれたから。
俺が俺を否定する事は、回り回って本條さんを否定する事になってしまうから…。
「ありがとうございます、紘斗さん。俺、紘斗さんにふさわしい恋人になれるようにもっと努力します」
「ありがとう、湊世。でも、湊世がこれ以上魅力的になったら心臓がもたないな…。俺ももっと努力して湊世の自慢の恋人になるよ」
俺たちはふふっと微笑み合って、そっと唇を交わした…。
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