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第24話
「湊世 、そうめんできたよ」
「あ、うん…。ありがとう紘斗 さん」
「…カブ太たちがどうかしたの?」
「うん…。やっぱりカブ子の元気がなくて…」
それは夏の終わりの事。
可愛がっているカブ子が少しずつ弱り始めた。
あんなに喜んで食べていたゼリーをほとんど食べなくなったし、動きものんびりになった。
かと思えば、おかしくなってしまったのかと思う程暴れ回る事もあった。
ひっくり返ってもすぐ起き上がらなくなったし、土にも潜ろうとしなくなった。
気のせいか外殻に張りやツヤがなくなって、小さくなった気がした。
夏の終わりに生命を終える事はわかっていたから寿命なんだと思う。
『生きている者はいつか死ぬ』
わかっていたはずなのに、俺はその現実を受け止めきれずにいた。
紘斗さんと恋人になって浮かれてたから…。
毎日声はかけてたけど、引っ越しでバタバタして前ほど様子を見てあげられなかったから…。
1秒でも長く生きられる方法を探したけど、結局『寿命』としか書かれていなかった。
カブ子を診てくれるお医者さんがいたらいいのに。
カブ子が元気になる薬があればいいのに。
そんな俺に対してカブ太は気丈だった。
偶然だとは思うけど、カブ太はカブ子の周りを歩き回ったり、体を押してみたり。
まるで様子を伺ったり、元気づけているみたいに見えた。
カブ子もカブ太に押されると手足をバタバタさせて応えているように見えた。
カブ太の『大丈夫だから心配しなくていい』と言わんばかりの立派な振る舞いや、夫婦の強い絆に感動して胸が熱くなった。
そんな様子が続いた数日後の土曜日の朝、カブ子は星になっていた。
俺たちが眠っている時だったから『その時』がいつかはわからない。
ただただ悲しくて淋しくて、カブ子一家のケースの前で一日中泣き続けた。
紘斗さんは食事も喉を通らない俺に、水分をとらせてくれたり、ぎゅっと抱きしめたりして側にいてくれた。
カブ子とお別れなんてしたくないけど、いつまでもこのままにはしておけない。
ちゃんと弔ってあげないと…。
次の日、紘斗さんと一緒に小さな植木鉢を買ってきて、カブ子の亡き骸と大好きだったカブトムシゼリーを埋める事にした。
両手で包み込むようにして手のひらに乗せたカブ子の小さな体。
こんなに軽かったっけ…。
土を被せてしまったら、もう二度と会えない。
その姿を記憶に刻んでおきたいのに、涙で霞んでよく見えない。
「湊世と一緒に暮らす事ができてカブ子は幸せだったね。大丈夫。湊世のタイミングでお別れしよう」
紘斗さんは、震える俺の手にそっと温かな手を添えてくれた。
一緒に暮らす事ができて幸せだったのは俺の方。
俺の家族で、友達で、恋の先輩のカブ子は俺に幸せな毎日をプレゼントしてくれた。
体は離れ離れになってしまうけど、カブ子は心の中で生きているから、これからもずっと一緒だ。
「ありがとう、カブ子」
俺はそっとカブ子を埋めて手を合わせた。
カブ子が淋しくないようにペチュニアの花も植えた。
花言葉は『あなたと一緒なら心がやわらぐ』『心のやすらぎ』。
単調な俺の生活に癒しをくれたのはカブ子だったから。
「カブ子、これからも見守っていてね」
俺はカブ子が眠る植木鉢に声をかけた。
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