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君の体温 第6話(春海)
……え?
優しく抱きしめられた気がして目を覚ました春海は、咄嗟に自分に何が起きているのか理解できなかった。
視界が何かに遮られていて、周りが何も見えなかったからだ。
周囲を見回そうにも、身体がガッチリとホールドされていて身動きが取れない。
目の前にあるのが、村雨の胸元だということに気づくのに、しばらく時間を要した。
え……と……?
わたし確か、村雨さんのお見舞いに来て……
村雨さんひどい熱だったから、汗を拭いてあげて、着替えさせて、冷却シートを貼って――
目を覚ましたら、お粥を食べられるように用意して――
それで、村雨さんの寝顔を見て……?
なんで一緒に寝てるの!?
待って、とりあえず起き……れないっ!!村雨さん力強いっ!!
村雨さんに抱きしめられて寝るのは好きだ。
村雨さんの匂いも体温も安心するし……
でも、ここはダメだっ!!
初めてきた村雨の家は、当たり前だけど部屋中が村雨の匂いで、しかも熱で汗をかいているので余計に……こんなに村雨の匂いに包まれたのは初めてなので、頭がクラクラする。
イヤじゃないけど、なんだか……ドキドキしすぎて身体の奥が熱くなる……
村雨さんの看病に来たはずなのに、匂いくらいで興奮している自分が恥ずかしい……
あ~~もうっ!普段性欲ないくせになんでこんな時に……
「ん~?なに?」
とにかく離れないと!と思って、腕の中でもがいていると、頭の上から声がした。
「あっ!!……あの……えっと……」
「あ、ごめん。苦しかった?」
村雨が腕の力を緩めてくれたので、その隙に起き上がった。
「ぷはっ!……え~と……あ、熱!熱はどうですか!?」
村雨が寒くないように、自分が抜けてできた掛布団の空洞をボスッボスッと手で押さえつつ、自分の下半身は掛布団に埋もれさせたまま誤魔化した。
「あぁ……熱……どうだろう、ちょっとはマシになった気がするけど……」
村雨が気怠そうに体温計に手を伸ばした。
代わりに取ってあげたかったが、今は布団から出るとちょっとその……いろいろとヤバいんです!
***
春海は平静を装って、村雨から受け取った体温計を見た。
「――う~ん、昨夜よりは下がったけど……でもまだ高いですね。何か食べられます?お粥とか、ゼリーとか……お薬飲む前に少しは食べておいたほうが……」
春海の言葉に、村雨がボーっと春海の顔を見ながら考え込む。
「ん~……お粥……」
「じゃあ、お粥を作って……ぁ……」
ベッドから出ようとして、自分の状況を思い出した。
村雨に見られないよう、くるっと背中を向けて足元から出ていこうとしたのだが……
「はるみさん?」
「ぅわっ!何ですか!?」
立ち上がりかけた春海は、村雨にベッドに引き戻された。
ぅ~!具合悪いくせに力だけは強い~……
「さっきから何だか様子が……あれ?もしかして……」
村雨の手が春海の股間におりてきた。
「わーわー!!なななんでもないですっ!!!これは何でもないからっ!!」
だめぇえええええ!!!
「うぐっ!!」
パニクった春海が思いっきり振り上げた手が、キレイに村雨の顎に入った。
村雨はそれくらい普段なら簡単に避 けられるはずなのに、熱のせいでさすがに動きが鈍っていたらしい。
村雨がそのまま後ろに倒れた。
「ああああああっ!!むむむらさめさんっ!?ごめんなさいっ!!え、うそ!ちょっと待って、死なないでぇええええ!!!」
春海が慌てて村雨の胸倉を掴んで揺さぶった。
「……っ!!ゲホッ……!!ちょ、待っ……!!生きてます……っ!!苦しっ……!」
「良かったぁ……」
春海が手を離すと、村雨がそのままドサリと布団の上に落ちて、咳き込んだ。
「ゲホゲホッ……あ~死ぬかと思った……」
「すすすみませんっ!!」
「いや……いいけど……う~ん……ごめん、ちょっと……目が回……る……」
「え!?村雨さん!?」
そう言うと、村雨がそのまま目を閉じた。
顔を触るとさっきよりも熱くなっており、呼吸も荒い。
もしかして、今ので熱が上がった!?
「待って、村雨さん!薬!!薬飲んでないぃいい!!!寝る前にせめて薬だけでも飲んで下さい!!」
「ふぇ~?」
春海は、熱でフラフラになっている村雨の上体を起こして、薬を飲ませた。
祖父母の介護をしていたので、こういうことは慣れている。
慣れている……はずなのに……
村雨をそっと寝かせると、ベッドサイドでしゃがみ込んだ。
「あ゛~~~……看病しに来たのに、悪化させてどうするのぉおおお!?」
顔を覆った両手の指の間から、村雨の寝顔をそっと盗み見る。
あれ?そういえば村雨さん……昨夜はマスクなんてしてなかったよね……
わたしにうつさないように、つけてくれたのかな……
病人に気を使わせて……悪化させて……わたし何しに来たんだろう?
看病ひとつまともに出来ないなんて、あまりに情けなくて泣きそうだ……
「――ごめんなさい……早く良くなってください」
下唇をグッと噛んで涙を堪えると、村雨の頬をそっと撫でて部屋を出た――
***
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