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君の体温 第8話(村雨)
「はるみさん……」
「はい!?あ、目が覚めましたか?」
熱のせいで、記憶が混濁 していた。
目を覚ましては、気を失うように眠る……を繰り返していたので、何が夢か現実かもわからない……
何度目かに目を開けた時、また春海の姿が見えた。
「……本物?」
「へ?……あ、はい、一応……?」
村雨の問いかけに、春海がキョトンとした顔で答える。
「そっか……はるみさんだぁ」
今度こそ、本物の春海さんなのかなぁ。だったらいいなぁ……
しばらくボーっとしていたが、だんだんと頭がハッキリしてきたので、上体を起こした。
全身がダルいが、熱っぽさはマシになっていた。
「具合どうですか?」
「ん~……だいぶマシに……って、なんでそんな離れてるんですか?」
ふと見ると、春海は部屋の入口付近にいた。
目が覚めた時は、もう少し近くにいたはずなのに……
「え?あ~いや、その……」
「あ、そうか。風邪うつったら大変ですしね……待って、マスクが……あれ、俺マスクしてなかったっけな……」
マスクをつけたような記憶があるのだが、顔にも枕の周りにもマスクは見当たらない。
あれも夢だったのかなぁ……
「あ、マスクは息苦しそうだったから、外してテーブルの上に……」
「ん?あぁ、ありがとうございます……」
「いえ……あの、何か食べられそうですか?」
「……春海さん?俺、もしかして何かやらかした?」
マスクをつけながら、春海を見た。
「え?」
「いや……俺、熱出てる間の記憶が曖昧で、あんまりよく覚えてないんですけど……何か春海さんの嫌がるようなことをしちゃいましたか?」
風邪がうつらないように離れているだけならいいのだが、さっきから春海さんの様子がおかしい。
なんだか……表情が強張っている気がする……
「あ……いえいえ、大丈夫ですよ!?そんな村雨さんが気にするようなことは……あの、お粥持ってきますね!」
春海が思いっきり視線を泳がせながら台所に向かった。
おいおい、今のはどう考えても全然大丈夫じゃないだろ……
え~俺何やったの!?思い出せ……っ!!
日付を確認すると、熱を出して病院に行ってから3日経っていた。
若干痛む頭を抱えて、3日間の記憶を辿る。
とりあえず、夢か現実かわからないけど、寝込んでから春海さんを見たのは――
「村雨さん、大丈夫ですか!?頭痛い?吐きそう?」
「え?」
頭を抱えて唸っていると、お粥を持ってきた春海が慌てて近寄って来た。
「熱はもうだいぶ下がったと思うんですけど……」
春海が、そっとお粥をテーブルに置いて、村雨の顔をペタペタと触った。
「え~と、体温計がそこら辺に……」
村雨の枕元にあった体温計を取ると、春海が村雨のパジャマの襟元をグイッと開けて体温計を脇に突っ込んできた。
あの……春海さん?さっき俺から離れてたのは一体なんだったの?
村雨は、先ほどの様子とは全然違う春海の行動力に呆気にとられてされるがままになっていた。
「うん、微熱まで下がりましたね。良かった。え~と……熱は下がったけど、他に何か具合悪いところあります?」
「……ねぇ、春海さん」
「はい?」
「俺、春海さんに何したんですか?」
「へ!?」
「いや、ごめんなさい。俺ほんとに覚えてなくて……何やらかしたのかちゃんと教えて下さい!お願いします!!」
村雨は、両手を軽く挙げて降参のポーズをした。
手の届く距離にいるけれど、勝手に触って、さっきみたいにまた距離をとられるのも嫌だ。
とりあえず、自分が何をやらかしたのか知っておきたい。
「あの、違うんです。村雨さんは本当に何も……」
春海が、またジリジリと後ろに下がろうとする。
「でも、俺に近づきたくないんですよね?風邪がうつるから?あ、もしかして、俺臭い!?」
そうだ、汗かいてるし、3日も風呂入ってないから……
「すみません、そりゃ近付きたくないですよね!!」
村雨は春海から離れるためにベッドに上がって壁に背中をくっつけた。
「違うんですってばっ!!そうじゃないんですっ!!」
春海が、慌ててベッドに上がってきて、村雨の前に座った。
「あああの……そうじゃなくて……実は……」
春海が真っ赤になって俯くと、看病にきたのに村雨の匂いで興奮してしまったこと、村雨にバレて思わず殴ってしまったことなどを話してくれた。
「……はい?」
待って、予想外すぎて反応に困る。
「だから……わたし看病に来たのに逆に悪化させてしまって……申し訳なくて……また近づいて悪化させちゃったらいけないので離れていようかと……」
「え~と……あ~……うん……」
くそっ、まだ身体がダルいし頭の回転が悪いな……
え~と、つまり……
「俺がやらかしたわけじゃないんですね?」
「はい。やらかしたのは、わたしなんです……」
「なるほど……」
いや、何がなるほどだよ!?
しばらく天井を見上げて考えていたが……3日間熱で茹った脳はイイ感じに使い物にならなくなっていたので、途中で考えるのを放棄した。
「うん、わかりました。じゃあ、とりあえず、お粥食べたいです」
「え!?あ、は、はい!そうですね、お粥冷めちゃいますしね!!」
とにかく、食べて栄養補給しよう。
話はそれからだ――
***
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