14 / 89
やきもちバレンタイン 第13話(春海)
「は~るみさん、ちょっと来て」
「なんですか?」
風呂上り、髪を乾かしていると村雨に呼ばれた。
自分の前を指差しながら、春海に手を差し出してくる。
「髪乾かさせてください」
「え、あぁ、お願いします」
ドライヤーを渡して、村雨の前に座った。
村雨が春海の家に泊まる時は、こうやってよく乾かしてくれる。
ちょっと恥ずかしいが、春海の頭を撫でる村雨の手が気持ち良くて、毎回密かな楽しみになっている。
「今日もサラッサラですね。春海さんの髪気持ちいい」
「え、そうですか?村雨さんの髪も気持ちよかったですけど……」
「ん?俺の髪?いつ触りましたっけ?」
「あ……え~と……キノセイデシタ」
「春海さん?何ですかその棒読みは」
「ごごごめんなさい!!あの、熱出して寝てた時にちょっと……だって普段なかなか触れないから……」
普段はあまり村雨の髪を触る機会などないので、風邪で寝込んでいる村雨の看病に行った時に、ここぞとばかりに髪を触っていたのだ。
「なんだ、寝てる時か。別に起きてる時でもいいですよ?俺が座ってたら触れるでしょ?」
「いや、あの……それはちょっと……恥ずかしいので……って、わっ!?」
村雨がヒョイと春海を膝に抱き上げた。
「どうぞ?」
グリグリと春海の胸元に顔を埋めて、頭を差し出してくる。
「え!?あの、どうぞと言われても……」
「好きなだけ触ってくれていいですよ?ちゃんと髪洗ったから、寝込んでた時の汗でべったべたのとは触り心地違うと思いますけど?」
「じゃ……じゃあ、失礼します」
恐る恐る村雨の髪に触れる。
あ、ふわふわだ。
村雨の髪は、少しねこっ毛で柔らかい。でもその割には一本一本がしっかりしていて、艶がある。
「……」
気持ちいい……ずっと触っていたい……ふわっふわ……
「ふ……っくく……」
春海が夢中で撫でていると、村雨が笑いを押し殺して肩を震わせた。
「へ?……あ、ごめんなさい!!」
いくら触っていいと言われたからって、ちょっと触り過ぎちゃったかな……
慌てて頭から手を離した。
「いや、春海さんの手が気持ちいいから、俺このまま寝ちゃいそうで……」
「あ、わかります。わたしも村雨さんに触られると気持ちよくて眠たくなっちゃうから」
「え、そうなんですか?いつも緊張してるように見えたけど……」
「ぅ……緊張はしますけど……でも触られるのは好きです」
「そっか~。じゃあ、これからは遠慮しないでいっぱい触りますね」
「んん?」
今までのは遠慮してたってことですか?結構普通に触ってたと思いますけど……
「あ、そうだ。春海さん、はい」
村雨が、鞄から何かを取り出した。
「これ、なんですか?」
「うちの鍵です」
「鍵!?」
渡された小袋をひっくり返すと、たしかに鍵が入っていた。
「うちの合鍵。まぁ、あんな熱出すのはホントに数年に一度だから、しばらくはもう大丈夫だと思うんですけど、何かあった時のために一応……春海さんに持ってて貰ったら安心だから」
「え……いいんですか?」
「ん?だって、春海さんは恋人だし」
村雨が照れくさそうに笑った。
嬉しいけど……恋人なのに……わたし住所知らなかったんですよね……
「あ~……あのね、今まで春海さんに家を教えてなかったのは、知られたくないとか嫌だったからとかじゃなくて、春海さんに来てもらうのは大変だろうから俺がここに来ればいいやって思ってたからで……でも、今回ので何で春海さんに住所教えてなかったんだろうってめちゃくちゃ後悔して――」
春海が俯いて黙っているので、村雨が慌てた。
怒っているとでも思ったらしい。
「あ、ありがとうございます!あの……実はわたしも来てもらうことが当たり前になってて……村雨さんの住所を知らないことにも気づいてなかった自分が……情けなくて――」
お互い顔を見合わせて思わず苦笑した。
「春海さんは店が忙しいから、うちに来ることはめったにないと思いますけど……何かあればいつでも来てください。でも、基本的には俺がここに来ますけどね」
「はい!」
村雨に貰った鍵を、自分の家の鍵のキーホルダーに通す。
二人の家の鍵が一緒に並んでいるのを見て、思わず頬が緩んだ。
***
ともだちにシェアしよう!