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痕をつけたくて 第15話(村雨)
村雨が仕事に復帰してから、春海の提案でしばらく春海の家に泊まることになった。
まだ体力が完全に戻ったわけではないので、春海のところから夜遅くに帰るのは心配だからということらしい。
数年に一度ぶっ倒れるのは昔からで、それ以外は本当に丈夫な体をしているので大丈夫だと言ったが、春海は村雨の熱が下がるまでの間、気が気じゃなかったらしい。
大袈裟だなぁと思ったけれど、
そういえば……春海さんのお父さんは風邪を拗 らせて亡くなったんだっけ……
以前チラッと聞いた春海の父の話を思い出して、春海が不安になっている理由がわかった。
村雨にしてみれば春海のところに泊まれるのは嬉しいので、二つ返事で春海が落ち着くまで泊まらせてもらうことにした。
***
「いらっしゃいませ!」
「こんばんは」
休んでいる間に溜まった仕事を片づけていたので、ここ数日は帰りが遅かった。
店が開いている時間に帰宅できたのは久しぶりだ。
村雨が店の方に来たので、春海がちょっと安心したように笑った。
「今日は早く終われたんですね」
「はい、何とか仕事も落ち着きました」
入口で小声で話していると、一人だけいた客が村雨に気づいて声をかけてきた。
「おや、村雨君じゃないか。久しぶりだねぇ!」
「あ、先生!お久しぶりです」
「もう風邪は治ったのかい?」
「え?あ~……はい、もう大丈夫です。先生知ってたんですか」
『先生』は、村雨にも優しく接してくれる数少ない常連客だ。
他の常連客、特に先代からの常連客は春海の親代わりのようなところがあるので、春海と仲が良い村雨をあまり良く思っていなかった。
村雨がこの近所を荒らしていた泥棒を捕まえたことでだいぶ株は上がったが、それでも一部の常連客はいまだに苦々しい顔で見て来る。
親代わりの信頼を得るのはなかなか大変だ……
「君が風邪で倒れている間、マスターが珍しくミス連発で大変だったんだよ?」
「春海さんがミス?」
「ああああ!!先生!!それは言っちゃダ――」
「カップにグラスにお皿……一体どれだけ割ったかなぁ……ねぇ、マスター?」
先生の言葉を遮るように春海がちょっと大きな声を出したが、先生は構わずにニコニコしながら言葉を続けた。
「ぅ~~……言っちゃダメって言ったのにぃ~……」
「え、春海さんが食器を割ったんですか?」
春海は普段の姿と村雨の前で見せる姿とのギャップがすごい。そこがまた可愛いのだが……
村雨の前では、緊張して言葉を噛んだり、転びそうになったりとよくドジをするが、仕事中の春海は基本的に穏やかで落ち着いている。
コーヒーを入れる仕草も優雅という言葉がぴったりな程で、とてもじゃないがその春海が食器を落としまくっている姿など想像できない。
「あの……ちょっと手が滑って……」
「いやいや、ずっと心ここにあらずという感じだったよ」
「先生ってば!恥ずかしいからやめて下さいよぉ~!シィ~~っ!!」
春海が顔を赤らめながら口に人さし指を当てて、先生に静かにするように合図を送る。
「ははは、それじゃそろそろ帰ろうかな。またね、マスター」
「ありがとうございましたぁ~!!」
先生が笑いながら小銭を置いて帰って行った。
***
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