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痕をつけたくて 第16話(村雨)

「春海さん、さっき先生が言ってたことだけど……」 「え……!?あ、あれは……あの……」  先生が帰った後、春海がサッサと閉店準備を始めたので話が途中になって何となくそのままになっていたが、やっぱり気になる。  そういえば、指に絆創膏を巻いて来た時があったな……  春海さんは、ちょっと切ったって言ってたけど、もしかして? 「ケガは?指切ったって言ってたやつがそうだったんですか!?」 「え、あの……片づける時にちょっと切れただけなんで大丈夫ですよ。もう治りましたし!」  そう言って、指を見せてきた。  どうやら痕は残ってなさそうだ。 「そっか、良かった……でも、なんで俺に知られたくなかったんですか?」 「え?」 「先生が俺に話すのを阻止しようとしてたでしょ?」 「それは……その……」 「ん?」 「だって、仕事中もずっと村雨さんのことが心配で……村雨さんのことばかり考えてしまって……その挙句に食器割りまくってお客さんに心配されてたなんて……なんだか社会人として情けなくて……」  春海が眉を下げてしょんぼりした顔で項垂れた。  なんだそれ……春海さん可愛すぎるでしょ!? 「ん~……心配かけた本人が言うのもどうかと思いますけど……俺は嬉しいですよ?」 「え……」 「春海さんがそんなにずっと俺のことを考えていてくれたんだって思ったら、めちゃくちゃ嬉しいです。だって、俺も仕事中、いつも春海さんのこと考えてますから」 「で、でも、村雨さんはちゃんと切り替え出来てるでしょ?」 「まぁ、集中するべき時にはちゃんと集中して仕事してますけど、たまに春海さんのこと考えてて壁にぶつかったりミスしたりっていうのはありますよ?」  実際、壁にぶつかったのを先輩に見られたこともある。   「壁……?え、村雨さんが!?嘘だぁ~っ!」 「いや、ホントに。だからね、春海さんも俺のことを考えてくれてたのは嬉しいです。ただ、ケガはダメですよケガは!春海さんの身体についていいのは俺のキスマークだけですからね!」 「ななななに言ってるんですか!?」 「え、ダメですか?」 「ダメ……じゃないですけど……」  傷が治ったばかりの春海の指に、自分の指を絡める。  春海の指に馴染んできたリングをそっと撫でると春海の指がピクッと緊張した。 「じゃあ、つけていいですか?」 「え、今ですか!?」 「今ですよ?」 「あ……の……」  村雨が近付くと、顔を真っ赤にして視線を泳がせていた春海が後ろにのけ反りかけてグッと踏みとどまった。  ん~?  村雨は動きを止めると自分の頬を指で掻きながら、ふっと苦笑いをした。 「春海さん?無理しなくてもイヤならイヤって言ってくれていいんですよ?俺別に無理強いしたいわけじゃないし」 「ちがっ!イヤじゃ……ないです……」  とは言うけれど、まぁ……無理してるよね。  キスマークはまだ駄目かぁ……でも、イヤじゃないなら、近いうちにつけさせて貰えるかな……  小さくため息を吐くと、村雨は春海の頬に軽くキスをして離れた。 「もう寝ましょうか。俺明日は朝から訪問先に回らなきゃいけないので、いつもより早めに出ますね」 「え……あの……村雨さん?」 「ん?」 「あの……キスマーク……つけないんですか?」 「あぁ、ん~……今日のところは今ので十分ですよ」 「今のって……」 「ほらほら、ベッド行きますよ~」    困惑している春海をベッドに連れて行く。  年末以来、泊る時は春海のベッドで一緒に眠っている。  それだけでも、かなりな進歩だ。 「おやすみなさい」 「え……は、はぃ……おやすみなさぃ……」 ***  春海さんに触れたい気持ちはずっと変わらない。  むしろ一度抱いたことで、もっとその気持ちは強くなっている。  でも、もう春海さんに負担をかけたくない。  俺のためにいろいろと頑張ろうとしてくれているのは嬉しいが、春海さんばかりが無理に俺の性欲に合わせる必要はない。  俺が春海さんに合わせればいいだけの話だ。  一緒にいられるだけでも満足っていう春海さんの気持ちも今なら少しわかる。  手を出して春海さんの困った顔を見るよりは、ただ傍にいて笑った顔を見ている方が嬉しい。  昔は、恋人ならセックスするものだと、セックスすることが愛情の表現だと思っていたこともあったけれど、春海さんとは、身体の繋がりがなくてもお互いの気持ちが繋がっていれば幸せなのだと思わせてくれる。  そう思えるのは、それだけ春海さんに惚れてるってことなんだろうなぁ…… *** 「春海さん?」  腕の中にいた春海が起き上がる気配に目を開けると、春海が部屋から出ていくところだった。  トイレかな?と思っていると、階段を下りていく足音がした。  しばらくしても帰ってこないので、心配になって下りていくと、店の方から春海の話声がした―― ***

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