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痕をつけてほしくて 第19話(春海)

 理恵(りえ)は春海の2歳上の幼馴染だ。  子どもの頃、共感力をコントロールできなくて不安定になっていた春海の遊び相手をしてくれていたのが、理恵だった。  理恵は子どもの頃から明るくて裏表のないサバサバした性格だったので、傍にいると春海の心も明るくなって安心して遊ぶことができた。   「そうなんですか。理恵さんは優しいんですね」 「はい!それで、その……さっきはキスマークのことを相談してて……」 「キスマークのこと?」 「村雨さん、途中で止めちゃったでしょ?たぶん、わたしが緊張してたから気を使わせちゃったのかなぁって……」 「あぁ……すみません、俺が中途半端な態度をとったせいですね」 「村雨さんは悪くないですっ!わたしが……わたしの方がよっぽど中途半端ですよね。だって、村雨さんにいろいろ我慢してもらってるし……っ!?」  春海が俯くと、村雨が春海の頭をわしゃわしゃと撫でまわして来た。    な、なに!?   「ん~……まぁ、たしかに春海さんが緊張してたからっていうのはありますけど、今日しなくてもまた今度でもいいかなと思っただけで、別に我慢してませんよ」 「え?」 「春海さんが油断してる時にでもつけようかなって」 「ゆ……油断!?」 「そう。俺結構好き放題触らせて貰ってるし、春海さんが思ってるほど我慢してないんで大丈夫ですよ」 「で、でも……セックスは……?」 「あ~……それはまぁ……春海さんが大変だから……」  村雨がちょっと困ったような顔で笑う。  年末以来、この話題になるといつもその顔だ。 「俺も最近は春海さんとこうやって一緒にいられるだけで結構満足してるんで、そのことは気にしなくていいですよ」 「わたしじゃもうそういう気にはなりませんか?」 「そんなわけないですよ!俺がどれだけ春海さんに日々ムラムラしてるか!!ただ、抱いたら次の日は春海さんが店開けられないじゃないですか。だから――……」 「そのことなんですけど、あの、店は不定休なのでどうしても起きられなかったら休みにするとか、昼から開けるとかでも……」 「え……」 「わたしがずっと店を開けているのは――」  この店がほぼ年中無休になったのは、春海が継いでからだ。  一応不定休だが、家に一人でいたくなくて、店を開けていれば誰かと会えるから……という理由で気がついたらずっと店を開けるようになっていた。  ここ数年それが当たり前になっているけれど――……  でも、祖父が生きていた頃は第2・第4日曜は休みで、他にも春海の学校の行事がある時や、祖父がゲートボール大会に出る時など、しょっちゅう休みを取っていたのだ。  個人経営なので、そこら辺の融通はいくらでもきく。だから…… 「じゃあ、いつでも休もうと思えば休めるってことですか?」 「はい、そうです」 「え~と……それなら、また春海さんを抱いても大丈夫ってことですか?」 「は、はい……」 「あ~……なるほどなるほど……って、なんでそれをもっと早く言ってくれないんですかぁあああ!?」 「すすすすみません!わたしもそのことすっかり忘れてて……っ!」  マジかぁ~~……と、項垂れる村雨に、急いで頭を下げる。 「まぁ……家に一人でいたくない気持ちはわかりますよ。俺も休日とか夜とか苦手で、余計なことを考える暇もないくらい働いていたいって思ってましたから」  家族がいないのは二人とも同じだ。  同じような境遇だから、お互い一人残される淋しさや怖さを知っている。 「でも、今は春海さんがいるから休日も夜も待ち遠しいですけどね」 「そ……それはわたしも同じですけど……」 「じゃあ……春海さん!」 「ひゃ、ひゃいっ!!」  急に村雨にガシッと両肩を掴まれ、その勢いにびっくりして変な声が出た。 「まずはお爺さんの時みたいにちゃんと定休日を作りましょう!今は俺がいるから休日も一人じゃないでしょう?で、休みを取って、一緒にデートしませんか?」 「え、デート……ですか?」 「はい!!俺たちデートってあんまりしたことなかったでしょ?」  今までの話の流れ的に休みを取るのはセックスをするためだと思っていた春海は、ぽかんとしてしまった。  そういえば、クリスマスに散歩程度にイルミネーションを見たり、正月に初詣に行ったりしたくらいで、まだ村雨とは数える程しか出かけたことがなかった。  そりゃそうだ。春海が年中無休で仕事をしていたのだから、出かけられるわけがない。  春海はこの店を継いでからは、とにかく店を守ることに必死で誰とも付き合っていなかったので、店を休んでデートをするという発想がなかった。 「デート……」 「俺とデートするのは嫌ですか?」 「嫌じゃないです!わたしももっと村雨さんとデートしたいです!」 「それじゃ休みの日が決まったら教えてください。あ、後行ってみたいところとかも!」 「は、はいっ!」 「よし、じゃぁ、とりあえず……今日は寝ましょうか。もう日付が変わってるし」 「あ……はい。あああ!!そういえば、村雨さん明日は早いって言ってましたよね!?すみません、わたしのせいで……」 「それは全然大丈夫ですよ。おかげで良い事聞けたし!」 「良い事?」  村雨が、急に真顔になって春海の指にキスをしたかと思うと、ゆっくりと視線をあげた。  春海の目を見つめながら艶やかに微笑む。 「――また春海さんを抱いてもいいってこと」 「ふぁっ!?」 「……あれ?ちょっと、春海さん!?――」  村雨の色気に当てられて一気に顔が熱くなるのを感じたところまでは覚えているが、春海が次に気がついたのは翌日の朝だった――   ***

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