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シャンパンで乾杯 第20話(村雨)
「村雨~!もうすぐ誕生日だったよな?これやるよ」
帰り際、先輩はそう言うと、徐 に紙袋を渡して来た。
「え、あぁ……そういえばそうですね。ありがとうございます。これ何ですか?」
紙袋を覗くと箱が入っていた。
結構重い……
「シャンパン。前におまえが飲みたいって言ってたやつ」
「俺が?……あ、もしかして!!え、マジですか!?」
「ちょうどいいのが手に入ったからな。頑張ってるご褒美だ」
「ありがとうございます!!」
先輩はあまり酒に強い方ではないのだが、酒好きなのでよく飲みにいく。
見た目は怖そうだが、酒が入るとただの陽気で人の良いおじさんになるので、飲み屋で初対面の人たちともすぐに仲良くなる。
そうやって友達になった人たちから、いろいろと珍しい酒や高い酒を分けてもらうこともあるのだとか。
これは、以前俺が飲みたいと言っていたちょっとお高いシャンパンらしい。
「2~3日寝かせた方が旨 いらしいから、今からだとちょうど誕生日には飲み頃だろ」
「ですね。先輩も飲みます?」
「俺はいいよ。他にもあるしな。だいたい、誕生日は春海さんと過ごすんだろ?」
「あ~……いや、まぁ一緒には過ごしますけど……」
村雨は2月に寝込んだ後から、春海の家に泊めて貰っている。
春海と一緒にいると居心地がいいので何となくダラダラと居続けてしまい、気がついたら一ヶ月になろうとしている。
もうほとんど半同棲状態だ。
だから、もちろん誕生日も春海の家にいるのだが――……
「なに?もしかして春海さんに自分の誕生日言ってなかったとか?なんてな!そんなわけ――」
「いや、さすがに住所で懲りたんで、あの後お互いにまだ言ってなかったこととかいろいろ話したからその時に誕生日の話もしましたよ」
「そうかそうか……って、つい最近じゃねぇかよ!!」
先輩が一瞬ガクッと前のめりになった。
「え、そうですけど?」
「そうですけど?じゃねぇよっ!だから、なんでおまえはそういう大事なことを恋人に言わないんだよ!?」
「だから言いましたってばっ!」
「遅いわっ!!おまえら何か月付き合ってんだよ!!」
「だって……俺の誕生日って――……」
俺は自分の誕生日が嫌いだ。
誕生日と言えば、家族や友達からプレゼントを貰って、ケーキや美味しいご飯でお祝いして貰える一年で一番自分が主役になれる楽しい日だ。
だが、俺の誕生日は3月14日。
日本ではお菓子業界のせいでホワイトデーとしてバレンタインのお返しをする日と認識されている。
つまり、女の子たちにとってはバレンタインの〇倍返しの贈り物を期待する日であって、決して自分たちがプレゼントを贈ったり祝ったりする日ではないのだ。
その証拠に、今まで付き合った子や女友達からまともに誕生日を祝って貰ったことなど一度もない。
数日経ってから、そういえば誕生日だったっけ?と遅れておめでとうを言ってくれるか、バレンタインのチョコが誕生日祝いだから、と言われるのが関の山だ。
男友達は、ネタのつもりなのか、ちょうど包装されているからなのか、ホワイトデー用のマシュマロやキャンディばかりを誕生日プレゼントと称して渡して来る。
プレゼントにけちをつけるつもりはないが、さすがに何年もそれが続くとうんざりする。
そんなことが小学生くらいからずっと続いたので、高校生の頃にはもう友達や彼女に誕生日を祝ってもらうなどという幻想を抱くことはなかった。
誕生日にちゃんと誕生日らしいプレゼントをくれたのは、身内以外では先輩くらいだ。
「だから、無意識に誕生日の話題は避けるようになってて……」
「でも、それだと相手の誕生日もわかんねぇだろ?相手の誕生日も祝わないのか?」
「あぁ、それはまぁ……学生時代とかだと相手の友達に聞いたり本人から言って来たりで、結構わかるんですよね~」
「春海さんの誕生日は?」
「春海さんの誕生日は、付き合う前にたまたま常連客と話してるのを聞いちゃって――……」
「はぁ~、なるほど……」
先輩が呆れたような、関心したような微妙な顔をする。
「で?何が問題なんだ?」
「はい?」
「誕生日、春海さんが祝ってくれるんだろ?」
「あぁ、いや、春海さんお酒弱いらしいんですよね。だから春海さんは一緒に飲んでくれないかもしれないなぁ~……って」
「春海さんが飲まなくてもおまえ一人でこれくらい飲めるだろ」
「そりゃそうですけど~……」
「一口くらいは付き合ってくれるんじゃないか?」
「お願いしてみようかな――……」
***
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