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君の体温 第10話(春海)
朝方、意気消沈して店に戻った春海だったが、やっぱり村雨のことが心配で夕方店を早めに閉めてもう一度様子を見に来た。
顔を見たらすぐに帰るつもりだったが、ドアの前に立った時にちょうどドアが開いて中から人が出て来た。
それが村雨の伯母の照子 だった。
お見舞いに来たと言うと、照子が勝手に会社の同僚か友達と勘違いしてくれたので、曖昧に返事をしていたのだが、名前を言った途端、照子の様子が変わった。
「え?ああっ!!……あなたがはるみさん!?あらあら、じゃあ……もしかして、まぁ君のお付き合いしてるはるみさんって……あなたのこと?」
「え……あの……」
「あらあら……なるほどね~……可愛くて優しくて素敵な人……ふんふん、なるほどね~」
照子は春海を上から下まで舐めまわすようにじっくりと見ると、ニコッと笑った――
状況がよくわからないが、照子は寝込んでいる村雨から春海のことをいろいろと聞き出したということらしい。
でも、どうやら春海が男だとは思っていなかったようだ。
「はるみ」という響きだけだと、女に間違われても仕方ないし、それにまさか甥っ子が男と付き合っているとは思わないだろう……
「あの……その、男ですみません……」
村雨が、伯母の家で本当の家族のように大切に育てられたということは聞いていたが、春海がその人たちに会うことはないだろうと思っていた。
どうしよう……村雨さんごめんなさい!!伯母さんにバレちゃった……
全然心の準備が出来ていなかったので、春海は半分パニックになっていた。
村雨が寝込んでいる間に勝手に伯母さんに二人の関係がバレてしまったことが申し訳なかった。
照子が大切にしている甥っ子の相手が自分なんかで申し訳ないと思った……
同性愛者に対する世間の目が決して優しいものだけではないことはわかっている。
だから、どんな言葉をぶつけられても仕方がないと思って、口唇を噛んで身構えた。
「何言ってるの!?あなたが謝ることなんて何もないでしょ!?」
俯いた春海の頬を、照子がぺちっと両手で軽く挟んだ。
「あのね、まぁ君はあなたのことが大好きなんですって。誰よりも幸せにしたいって……妬けちゃうわね、熱に浮かされても伯母さんの名前なんて一つも出やしなかったのよ?ずぅ~っとあなたの名前ばっかり」
「え?」
「性別がなんだっていうの?あなたもまぁ君もお互いのことを大事に想って愛し合ってるならそれでいいじゃないの。私はね、あの子が幸せならそれでいいのよ。そして誰かを幸せにできる子になって欲しいと思ってる。あなたのことを話している時のあの子は、めちゃくちゃ嬉しそうだったわ。あの子のあんな顔を見たのは……本当に久しぶりなのよ。ありがとう、あなたのおかげね――」
背の低い照子が精一杯手を伸ばして優しく春海の頭を撫でながら笑った。
「あの……」
「あなたはあの子といて幸せ?」
「はい!!とっても!!」
「そう、良かった!ねぇ、抱きしめてもいいかしら?これからもまぁ君のことよろしくね――」
照子は、心底嬉しそうに笑うと、春海をギュっと抱きしめてくれた。
照子はなんだか柔らかくて懐かしい温もりで、村雨と同じ優しい匂いがした――
***
「……素敵な伯母さんですね」
「え、あぁ、はい。って、一体何話したんですか!?」
照子とは、その後2時間程いろいろと話をした。
村雨が照子のことを良い人だと言っていた理由が、春海にもよくわかった。
「え~と……詳しくは内緒です」
「えええ!?」
「あ、それで照子さんに、まぁ君は動けるようになるとすぐにお風呂に入ろうとするけど、その後また熱出すから、絶対に止めてくれって言われました」
「ああ~……それは子どもの頃の話ですから今はもう大丈夫なんですけど……」
村雨が気まずそうに首の後ろを掻いた。
「……まぁ君」
「はい?」
「って、呼ばれてるんですね」
「あ゛……いや、あの……それは子どもの頃の名残で……うわぁああ!!なにこれ恥ずっ!!ちょっとそこはスルーしてくださいよぉ~!!」
村雨が赤くなった顔を手で隠した。
そんなに照れると思っていなかったので、ちょっと笑ってしまった。
「いいじゃないですか、まぁ君」
「……春海さん?そんなに言うなら、俺もりっちゃんって呼びますよ?」
「え゛……あああ!!ごめんなさいぃいい!!」
春海は、子どもの頃の呼び方を恋人にされると、なんだかめちゃくちゃ恥ずかしいということを学んだ。
でも……村雨さんに名前を呼ばれるのはちょっと嬉しいっ!
いつか「律 」って呼んでくれるようになるといいな――
***
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