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Storm has arrived from England! 第24話(春海)
ソレはベルを鳴らし、笑顔と大量の荷物と共に突然やって来た。
「いらっしゃいま――……ええ!?」
「Hi! I missed you. My cute angel‼(やぁ!会いたかったよ!僕の可愛い天使ちゃん!)」
荷物をドサッと床に置いたその人は、大きく両手を広げてガシッと春海を抱きしめると、頬を軽く……いや、結構な勢いでスリスリしてきた。
その様子に、店内が一瞬ざわつく。
「亮介 叔父さん!?どうして……え、帰って来るなんて聞いてないですよ!?」
「そりゃ、言ってないからね!!サプライズだよ!」
「サプライズって……」
春海が「叔父さん」と呼んだことで、少し殺気立っていた常連客たちが「なんだマスターの叔父さんか」と納得して空気が和んだ。
亮介は、春海の父親の弟、つまり、この店の先代の息子だ。
春海の叔父にあたる亮介は、若い頃から祖父と気が合わず、「コーヒーよりも紅茶の方がおいしい!」という何とも地味な反抗をした挙句に、大学卒業と同時に家を飛び出しバックパッカー生活をしながらイギリスを目指した。
そこで出会ったスザンヌという女性と恋に堕ちて彼女と結婚し、そのままイギリスで紅茶専門店を開いている。
「買い付けの途中にこっちに寄ってみた!」
「寄ってみた!じゃないですよ……」
亮介が家を出た時、春海はまだ幼かった。
祖父とはしょっちゅうケンカをしていたが、祖母がいた頃はまだ年に数回は顔を見せていたので、春海にしてみれば叔父はたまに遊びに来るちょっと変わった叔父さんというイメージだ。
叔父は紅茶の買い付けによくインドやスリランカあたりを飛び回っているので、その途中にたまに顔を見せる。
ただ、祖父が亡くなってから帰ってきたのは初めてだ。
「それに、今回はもう一つサプライズがあるんだよ」
「え、まだあるんですか!?」
「入っておいで」
叔父が振り向いて呼びかける。
誰かいるのか?と春海が叔父の背後を見ようと少し足を横に踏み出した時、金色の嵐が飛び込んできた。
「リツ~!!アイタカッタヨー!!」
「わっ!!……え……ちょっと待って、もしかしてマリア?」
春海は、自分に抱きつく女の子を引っぺがして、顔を確認した。
軽くウェーブした豊かな金色の髪に、ツンと尖った鼻とクリっとした大きな青い瞳。白い肌によく目立つ赤い口唇が、にっこりと笑った。
「ソダヨ!フィアンセノカオ、ワスレナイデ!」
「忘れてはないけど……って、フィアンセ?何の話……?」
「フィアンセヨ!ケッコンスルヨ!」
意味がわからず叔父を見ると、叔父が目線をツツーと逸らした。
「叔父さん?ちょっとこっちきてください!!」
叔父を少し離れた場所に連れて行く。
「ちょっと、一体どういうことですか!?フィアンセとか聞いてませんよ!?」
「いや~……ほら、マリアは昔から律のことが大好きだっただろう?」
「あ~、まぁよく懐いてくれてましたけど……」
「それで……」
マリアが子どもの頃は、叔父がよく一緒に連れて帰ってきていた。
日本語がわからないマリアの相手をするのは専ら春海の役割で、言葉のわからないところに連れて来られて不安がるマリアの為に春海も英語を一生懸命勉強した。
だから、マリアは昔から春海によく懐いていたのだが……
マリアが5~6歳の頃、叔父に「マリアは誰が好き?」と聞かれて「りつがすき!おおきくなったらりつとけっこんする!」と答えたらしい。
叔父は、可愛い子どもの戯言 だと思い、軽い気持ちで「りつと結婚するには、日本語をマスターして、日本の大学に行って、コーヒーのことをいっぱい勉強しないと駄目だよ」と言った。
子どものことだから、すぐに忘れるだろうと思っていたらしいのだが、マリアはそれをずっと覚えていて、言われた通り日本語の読み書きを勉強し、何と4月から日本の大学に留学するらしい。
「いやいや、待って下さい!!でもわたしはフィアンセなんて聞いてませんって!!」
「ん~、あの子はちょこちょこ律に愛の告白してたけどねぇ。律は軽く流してたけど……」
「え……?いや、あれはだって……」
たしかに、会う度に「I love you」は連呼されてたけど……えええええ!?
「律は今誰か恋人はいるのかい?」
「え!?あ~……はい、まぁ……」
「ほぅ……まぁ、そういうこともあろうかと、マリアには条件を出してある。もし律に恋人がいた場合は、さっさと諦めるか、それがイヤなら頑張って自分で律を振り向かせてごらんってね。一応、期限は留学している1年間だ。一つ屋根の下にいて振り向かせられないなら、諦めもつくだろう?」
叔父が、いいアイデアでしょ?というように春海にウインクをする。
しかし、春海は最後の言葉が引っかかった。
「え……一つ屋根の下?」
「マリアの留学中、ここでお世話になるよ。どうせ部屋空いてるだろう?あ、もしかして恋人も一緒に住んでるのかい?」
「え……いや、あの……」
「ワタシ アキラメナイヨ!!」
叔父と春海の間に、ニョキっとマリアの顔が割り込んできた。
「ぅわっ!?マリア、いつからそこに!?」
「ワタシノホウガ スキヨ!!」
「いや、わたしもいとことして好きだけどね?――……」
はっと気がつくと、一連の騒ぎをお客さんたちが興味津々で見ていた。
「あっ、あの、騒がしくしてすみません!!」
店の入り口には、二人の大荷物が放り出されたままになっている。
とりあえず、この荷物とかこの二人をどうにかしないと……え~と……荷物は上にでも持って……って、上は今ダメだ!!!
「え~と……とりあえず、上を片づけてくるから、叔父さんたちは店の方よろしく!!」
「荷物置くくらい自分で置きにいくよ?」
「ちょっと散らかってるから!!呼ぶまで来ないでください!!お客さんいるからちゃんと店番してて下さいね!?」
春海は、叔父とマリアを残して、急いで二階に駆け上がった――……
***
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