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Storm has arrived from England! 第26話(村雨)
フィアンセって何だよ!?
電話を切った村雨は、握りこんだ拳をドンッと一発壁に叩きつけた。
「お~?村雨、壁壊すなよ~?」
通りかかった先輩が、村雨の様子がおかしいことに気づいて声をかけてきた。
「これくらいで壊れるようなら耐久性ヤバいでしょ」
「まぁそうだけどな……何かあったのか?」
「想定外の出来事にちょっと思考が追い付きません」
「あらら……ん~……仕方ねぇな。これ片づけたら後で話聞いてやるよ」
「お願いします!俺もちょっと呼ばれてるので、とりあえず、また後で!」
「はいよ~」
***
「で?何があった?」
いつもの屋上で先輩が煙草に火を付けながら村雨を見た。
少し春めいてきたとはいえ、まだ風は冷たい。
「さっき春海さんに電話したんですけど……」
春海から聞いた話をすると、「ふぃあんせ?」と先輩が目と口を大きく開いたまま固まった。
「春海さんも知らなかったみたいです。そのマリアちゃんが勝手に思い込んでたみたいなんですけど……でも、フィアンセ云々 はともかく、留学も本当らしくて4月からこっちの大学に行くことに決まってるから、荷物も近々届くとかで……一年間は一緒に住むことになりそうなんですよね……」
「一年間は一つ屋根の下……か」
「はい……」
煙草の煙に顔を顰めながら呟いた先輩につられて、村雨も苦々しい顔をしながらため息を吐いた。
――電話の向こうで春海はかなり動揺していた。
あの声を聞けば、春海にとっても予想外の出来事だったということはわかる。
とりあえず、春海を落ち着かせるために、自分がついているから大丈夫だなんて大口叩いたけれど……動揺したのは村雨も同じだった。
一年間は一つ屋根の下……ただ親戚の子を預かるのとはわけが違う。その子は子どもの頃から春海と結婚すると思い込んで、日本に来るために猛勉強をして実際に留学までこじつけたくらいの行動派だ。
いとこだから簡単に放り出すわけにもいかないだろうし、そんなバイタリティ溢れる可愛い女の子と毎日一緒にいたら……
「何と言うか……ある意味、一途で健気な子だな」
「そうなんですよね……そういう一途で健気な子に毎日アピールされたら……さすがにちょっとグラッと来たり……」
「まぁ……可愛くは思うよな。それだけ好かれるってことは、誰だって悪い気はしないだろ」
「ですよねぇぇええ!?」
「だからって、春海さんの気持ちが揺らぐかどうかは……おまえ次第なんじゃないの?」
「それはわかってますけど……」
春海さんを誰よりも幸せにしたいと思っている。
でも、幸せって何だろう……
俺にとっては、春海さんと一緒にいることが幸せで……春海さんのおかげで雨の日も安定してきたし、スキンシップもいっぱいとらせてもらってるし、春海さんの笑顔や声で元気になるし……春海さん自身が俺にとっての精神安定剤みたいなものだけど、それって全部俺にしか得がないよな……
春海さんも俺のことが好きだと言ってくれているけど、俺が春海さんのために何をしてあげられているのかって考えたら……今のところ頼り切ってばかりで何もしてあげられていない。
「わかってるんですけどね……」
春海さんの気持ちが揺らがないように、自分がしっかり春海さんの心を捕まえていればいい。支えてあげればいい。それはわかっているのだが……どうすればいいのかわからない。
「おまえにしちゃ珍しく弱気だな……って、春海さんに関してはおまえは常に弱気だったっけ」
先輩が煙を吐き出しながら、くくっと笑う。
「弱気にもなりますよ……だいたい春海さんと付き合い始めて半年が過ぎましたけど、俺、一人の人とこんなに長く付き合ったことってないし……長く付き合ってるくせに、全然春海さんに良い所見せられてないし……」
「ん~……そりゃ恋人に良い恰好したい気持ちはわかるけどさ、恰好つけてばかりだとそのうちに疲れて結局はボロが出るだろ?……そもそも、格好悪いところを見せても、それでも好きだって言ってくれる人じゃないと長続きはしないんじゃねぇの?」
先輩が言いたいことはわかる。それは村雨も春海と付き合い始めてから実感していることだ。
春海さんは、村雨がどれだけ恰好悪いところを見せても、笑って受け止めてくれる。
俺も……春海さんのいろんな一面を知る度に、嫌いになるどころかもっと好きになっている。
うん、やっぱり春海さんじゃなきゃダメだ!!絶対誰にも渡したくない!!
渡したくないから……
「ピチピチの女子大生に勝つ方法って何でしょうかね……」
「ぶはっ!なに、おまえそんなこと考えてたのか!?」
「……え?」
「勝つ方法も何も、おまえの方が有利だろ?春海さんはおまえのことが好きなんだから」
「あ……」
「勝つ方法ってより、防衛戦だな。その子に負けないくらい、春海さんに好きだって伝え続ければいいんじゃねぇの?」
「なるほど!!」
「シンプルだけど、結局気持ちをちゃんと伝えないと相手も不安になるだろうからな」
「先輩!さすがです!なんでそこまで相手の気持ちがわかるのに独身なんですかね……」
「うっせぇよ!!それは俺が一番聞きたい!!あーもう!俺は後輩の恋愛相談に乗ってる場合じゃねぇんだよっ!!」
先輩が村雨の頭を拳で挟み込み、こめかみをグリグリと押して来る。
「あいたた!はは、そんなこと言っても相談に乗ってくれる先輩カッコいい~!優しい~!」
「雑な褒め方すんな!あ~どこかに俺の良さに気づいてくれる子はいないのかねぇ……」
「先輩は……見た目が怖いから女の子が怯えて逃げちゃうんですよね~……」
「俺は生まれた時からこの顔だっつーの!!」
「先輩、笑ったら結構可愛い顔になるんですけどねぇ……」
「……笑ってるつもりなんだけどなぁ~……」
先輩は、酒に酔っていない時や仕事以外の時に女性と二人きりになると緊張して笑顔がめちゃくちゃ怖くなる。
酒に酔っている時は普通に笑うし喋れるので、呑み友達には女の子もいっぱいいるらしいのだが……付き合うとなったら顔が怖いと怯えられてしまうのだとか――……
村雨は、先輩に彼女ができる方法も考えつつ、今夜どうするかを思案していた。
***
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