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Storm has arrived from England! 第29話(春海)
「Nooooooooooooooooo!!!!! Oh, my god!!――……」
部屋中に、マリアの叫び声が響いた。
機嫌よくオムライスとスープを食べ終えた二人に、実は村雨と恋人関係だと告白した数秒後のことだ。
叔父はさすがに叫びはしなかったが、マリアの隣で絶句して固まっている。
「え……と、律?それは~……本当に?マリアとの結婚が嫌でそんなことを言ってるのなら……」
「本当ですよ。わたしの恋人は村雨さんです」
「律……彼……え、彼だよね!?彼とはいつから……いや、待って、律はいつから……」
「村雨さんとお付き合いを始めたのは、去年の夏です」
「ウソヨ!リツ、ゲイジャナイヨ!」
なんだかんだで叔父と春海の話を聞いていたらしいマリアが、割り込む。
確かに……ゲイかどうかと聞かれたら……
「そうですね、一応、女性ともお付き合いしたことはあるし……男性をそういう意味で好きになったのは、村雨さんが初めてだから、性的指向がゲイ……かどうかは自分でもよくわからないです……」
「そう……」
叔父が、しばらく思案した後、表情を厳しくして律を見た。
「律、今から少し厳しいことを言うよ」
「え、はい」
叔父がこういう厳しい表情を見せるのは稀だ。
祖父と言い合いをした後にはたまにこんな顔をしていたけれど……基本的にはいつも胡散臭い程にヘラヘラと笑っている。
いつもと違う叔父の様子に、緊張して少し動悸が早くなった。
ゴクリと唾を飲み込んで、膝の上で拳をギュっと握りしめた時、村雨がその拳にそっと手を重ねてきた。
大丈夫。と言われたようで、少し肩の力が抜けた。
「マリアとの結婚話は別にして、律、彼とは別れなさい」
「……え?」
「若いうちは、いろんなことに興味を持つのはわかるよ。私もいろんな人と付き合った。男性とのことにも興味を持たなかったかと言われたら、少しそういう雰囲気になったこともある。ただ、律ももういい年だ。遊ぶのはそろそろ終わりにして、現実を見て行かなきゃいけないよ」
「あ、遊びって……」
「いやいや、きみたちが本気なのはわかってるよ。恋と言うのは、その時は本気だと思ってしまうものなんだ。でもね、律は別にゲイじゃないんだろ?だったら、ちゃんと女性とお付き合いをして、結婚をして、子どもを作りなさい。律は昔から大家族に憧れていただろう?」
「それは……」
「そりゃあね、恋愛は自由だとは思うけど……これでも一応律の叔父として、僕にも責任はあるし……兄さんの大事な一人息子だからね、律には普通に幸せになってもらいたいんだよ」
「普通って……」
「それに、彼とはまだ付き合って一年にもならないんだろう?だったらちょうどいいさ。長く付き合えば情が湧いてなかなか別れられなくなるよ。村雨くんだっけ?きみも律のことを想うなら、手を引いてくれないかな。きみは若いんだし、男なら別に律じゃなくてもいいだろう?律はきみとは違う。ゲイじゃない律を巻き込まないでくれ――……」
「叔父さん!!やめてよ!!」
「わっ!!」
叔父の言葉にカッとなって立ち上がった春海は思わず叔父に水をぶっかけていた。
このことを簡単に受け入れて貰えるとは思っていない。
いくら自由奔放に生きてきて、海外生活が長く、いろんな文化に触れていたとしても、こういうことには多少は偏見もあるだろうし、いろいろと言われることは覚悟していた。
それでも、実際言われてみると、やっぱりキツイ……
叔父が言いたいことはわかるし、自分のことを想って言ってくれているのだろうということもわかる。
言い返したいことはたくさんあったが、どういえば叔父にわかってもらえるのかと考えていたら、言い返すことができなくて、ただ大人しく聞くことしかできなかった……
だけど、村雨さんに向けて放った言葉は許せなかった。
「春海さん!!」
村雨が、春海の手からグラスを取ると、春海を抱き寄せた。
「落ち着いて、春海さん。一旦座りましょう、ね?」
村雨は、興奮して震えている春海を座らせ、抱きしめて背中を擦ってくれた。
「あ、マリアちゃん、Will you bring a towel for your father? 」
「OK!」
春海と父親のやり取りとピリピリした空気に圧倒されていたマリアが、村雨の言葉で弾かれたように立ち上がると、急いでタオルを取りに行く。
叔父は、水をかけられたことに驚いてまた固まっていた。
春海はそんな叔父たちの様子を視界の隅に入れながら、村雨の胸に顔を埋めた。
……心臓の音がうるさい、息が切れる、身体が熱い……
叔父は村雨がゲイだと、村雨が律を巻き込んだのだと勘違いしていた。
真実を知らないのだから、仕方ない。
だけど……知らないからって村雨さんにあんなこと言うなんて……
いろんなことに腹が立って、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
「すみません、話の途中ですけど、水被ったついでにそのままお風呂に入って来てください。春海さんも今は話し合いができる状態じゃないですし、少し時間を置いたほうがいいでしょう。お互いに」
村雨が、春海を抱きしめたまま、叔父に話しかけた。
口調は丁寧だけど、有無を言わせない凄みがあった。
「とりあえず、いきなりで驚かれたとは思いますけど、今のあなたの発言は偏見が過ぎますね。春海さんも俺も、男と付き合うのはこれが初めてです。だから、ゲイだとか、男なら誰でもいいだとか、そういう問題じゃないんですよ。俺は春海さんだから好きになったし、春海さんも俺だから好きになってくれたんです。あなたが思っている“普通”とは違うのかもしれませんけど、相手のことを誰よりも愛していることにはかわりないですよ。同性同士でも家族が増えるっていう点では同じですし、子どもに関しては……血の繋がりだけが全てじゃないのはあなたならわかるのでは?そこらへんを踏まえて、お風呂に浸かってゆっくり考えてきてくださいませんか?理解できるまで。よろしくお願いしますね」
「え、ちょっと、きみ……」
「それじゃ、ごゆっくりどうぞ。春海さん、部屋に行きましょうか。ちょっとだけ我慢してくださいね」
村雨が春海が言い返せなかった分をサラッと言い返して、営業スマイルで叔父を軽くあしらうと、春海を抱きかかえて寝室に連れて行ってくれた――……
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