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Storm has arrived from England! 第30話(村雨)

 村雨は、ベッドに腰かけると、顔を強張らせて口唇を噛みしめている春海を抱きしめた。 「春海さん、もう大丈夫ですよ」  頭をポンポンと撫でると、ようやく春海の緊張の糸が切れた。  春海の瞳から涙が溢れ出す。 「……っ……ごめ……なさいっ……わたし……ちゃんと言い返せなくて……叔父さんがあんなこと言うなんて……わたしだけのことならいいけど、あんな……村雨さんにまで……っ」  春海が村雨の胸元に顔を埋めて、しゃくり上げた。 「あぁ、そんなこといいんですよ。俺は気にしてませんから。そりゃ、ちょっとはムカつきましたけど、まぁ、偏見のある人ならあれくらい言うだろうな~って思ってたし、それに、大事な甥っ子が男と付き合ってるって言われたら、ゲイの俺にたぶらかされたんだろうって思う気持ちもわからんでもないですし……おじさんが春海さんの将来を心配して、幸せになって欲しいって思っているのもわかりますしね」  村雨は、少しおどけた口調で言うと、気にするなと軽く笑いかけた。 「だけど、村雨さんは……わた、しはっ……ったぶらかされてなんかないし……っ」 「うん、そうですね……あの、春海さん、とりあえず今は……」 「それなのに……っわたし……っ」  だんだん春海の呼吸が荒くなってきた。  このままだとちょっとマズいな…… 「春海さん!!」  胸を押さえて明らかに苦しそうなのに、それでもまだ喋ろうとする春海を止めるため、村雨が少し大きい声を出した。  驚いた春海がヒュッと息を呑む。 「あ、ごめんなさい、怒ってるわけじゃないからね。あのね、春海さん今苦しいんでしょ?無理して喋らなくていいから。ちょっと深呼吸して、落ち着いてから話しましょう。ね?」  村雨はまだ付き合っていなかった頃に一度春海が倒れた場面に遭遇している。  その時、医師に春海は身体が弱いから、過度のストレスや疲労には特に気を付けるようにと言われた。  それなのに、今日はこの数時間の間にあまりにもいろいろなことが重なり過ぎた。  急に二人がやってきて、マリアとの婚約話や一年間の居候話が出て、その上カミングアウト……どう考えても、今の春海さんにはストレスがかかりすぎている。 「春海さん、おじさんに何を言われても、俺は春海さんの傍にいますよ。別れろって言われても、春海さんが望まない限りは絶対に別れません。だから安心してください」 「……っ……はぃ」  いつものように、春海の首筋に口唇を這わせながら背中をトントンと撫でる。  春海の緊張を解すのは慣れているが、今日は普段とは状況が違うので、このやり方がダメなら病院に連れて行くことも考えていた。  幸い、しばらくすると、強張(こわば)っていた身体から少しずつ力が抜けて、呼吸が落ち着いてきた。 「……ん……」 「少し眠っていいですよ。大丈夫、起きるまでこうしてるから」  とろんとした瞳で村雨にもたれかかる春海にそっと囁くと、安心したのかすぐに寝息が聞こえてきた。  力は抜けているけれど、村雨の服を握りしめているところを見るとまだ不安なのかもしれない……  でもひとまず落ち着かせることには成功……かな?  村雨は、小さく息を吐き、春海の頭に口付けた。  身体が冷えないように毛布で(くる)みこみ、顔を上げると、扉に向かって声をかける。   「マリア、静かにしているなら入ってきてもいいですよ」  扉の向こうから、小さく「キャッ」と声が上がった。  恐らく、気づかれていないと思っていたのだろう。  気配でバレバレですけどね……  しばらく迷うように扉の前をウロウロしていたが、やがて音がしないように扉をゆっくりと開けてマリアが部屋を覗いてきた。  おずおずと部屋の様子を窺っていたマリアだったが、ベッドの上で村雨に抱きついている春海を見て、一瞬ムッとした顔をすると、ススッと近寄って来た。   「リツ、ネテルノ?」 「寝てますよ。ところで、マリア。そろそろ普通に話しませんか?」 「What do you mean?(なんのこと)」 「日本語。普通に喋れるんでしょ?」 「……どうしてバレたの?」  マリアは村雨の言葉に一瞬目を見開き、悪戯がバレた子どものように少し不貞腐れながら思いっきり顔を顰めて流暢な日本語を話した。 「わざとらしすぎたから。だいたい、春海さんと結婚するためにこっちの大学に留学するくらい日本語を勉強してるっていうのに、あのカタコトはおかしいでしょ?」 「……あなた意外と賢いのね」 「お褒め頂き光栄です。どうしてわざわざ喋れないフリをしてたんですか?」 「喋れないフリしてたら、律が昔みたいにいっぱい話しかけてくれるかなって……」 「別に喋れても話しかけてくれると思いますけど?」 「だって……」  マリアが言葉を飲み込んで俯いた。  あぁ、そうか。春海と結婚すると幼心に思い込んで、ただひたすらに春海のことを想い続けたマリア。  でも、会えるのは年に数回で、しかもおじいさんが亡くなってからは会っていないということは、およそ4年ぶりということだ。  いくら一途に想っていても、ちゃんと春海から結婚しようと言われたわけではないのだし(春海にその気がないのだから当たり前だが)さすがに不安な気持ちもあったのだろう。  若いなぁ……  確たる保証もないのに、一人の人をそれだけ長い間想い続けられるマリアが、少し羨ましくなった――……   ***

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