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Storm has arrived from England! 第31話(村雨)

「……びっくりした……」  マリアがポツリと呟いた。  日本語が話せることを隠していた理由……とは関係なさそうだな。  まぁ、そっちは何となくわかった気がするからいいけど。 「何が?」  村雨が問いかけると、チラッと村雨と春海を見て、少し考えるように視線を泳がせた。 「父のあんな顔は初めて見た。彼はいつも笑顔なのよ。もちろん、ダメなことをしたときは、叱ってくれるけど……でも、話も聞かずにあんな風に言うのは、初めて見た……」 「あぁ……」  マリアが俯いたままベッドの端にちょこんと腰かける。  父の意外な一面にショックを受けたようだ。  娘でもこれなのだから、たまにしか合わない春海さんにしてみればもっとショックだったんだろうな…… 「それに、律があんなに怒るところも、見たことない」 「マリアのお父さんのことはよく知らないけど、春海さんが怒るところは、俺もあまり見たことないですよ。ただ、春海さんが怒るのは、他人のためです。自分自身のことで怒るというよりは、誰かのために怒る。さっきは、俺のために怒ってくれたんですよ。そういう優しくて素敵な人です」 「律が優しくて素敵な人なのは私の方がよく知ってるわよ!!」  マリアが興奮して少し声を荒げたので、人差し指を口唇に当て、静かにするように目で合図を送る。  それを見て、マリアがハッと自分の口を押さえて、小声で「sorry(ごめんなさい)」と呟いた。 「……律は私の初恋なの。彼は初めて会った時から優しくて、女の子みたいに綺麗で、王子様みたいで……私が何を言っても、いつも笑ってくれて……」  春海さんは子どもの頃は、共感力がコントロールできなくて感情の起伏が激しくて大変だったと言っていたけど……マリアに会った頃にはもうコントロールができるようになっていたのかな……?   「私だって……さすがにもう赤ちゃんじゃないんだから、律がフィアンセだっていうのは、自分が勝手に思い込んでただけなんだって気づいてた。年の差もあるし……だから、律が先に誰かと結婚しちゃったら諦めようと思って……でも、律は彼女はいても結婚はしなかったし、その彼女とも別れたって言ってたし、そのうちにお祖父ちゃんもしんじゃって、律一人になって……だから、私が律の傍にいてあげなきゃって……」 「……マリアは優しいんですね」 「それなのに……まさか男の恋人ができてたなんて……予想外よっ!!」  マリアが心底悔しそうな顔をする。 「あ~……なんかごめんね?でも、俺も本気だから。マリアが春海さんの傍にいてあげなきゃって思ったみたいに、俺も春海さんの傍にいて守ってあげたいと思ってる」 「そんなの……」  その時、本日二度目の何かが落ちて散乱するような音が響いてきた―― *** 「え、何!?」 「お風呂場からっぽいですね。もしかして、マリアのお父さんはまだお風呂に?」 「Oh!大変!見て来る!」  マリアが急いで部屋から出て行き、すぐに慌てて戻って来た。 「お父さん、お風呂で倒れてる!どうしよう!!」 「ちょっと様子見て来るから、マリアはここにいて。春海さんが目を覚まして誰もいないと不安がるから」 「はい」  春海をベッドに寝かせると、不安そうなマリアの肩をポンと軽く叩いて風呂場に様子を見に行った。  シャンプー等の容器や洗面器が散乱する中に、亮介(りょうすけ)が倒れていた。 「大丈夫ですか?話せますか?」 「あ゛~~……頭がグラグラする……」 「あぁ……」  幸い、何か身体に異常があったのではなく、のぼせただけらしかったので、目を回して唸る亮介をバスタオルで巻いて抱え上げ、ひとまずソファーに運んだ。 「水飲めそうですか?」 「ぅ゛~水ぅ~……」 「冷たいタオル置きますよ~。足ちょっと高くしておきますね――……」  さっき、理解できるまで入ってろとは言ったけれど、本当に風呂場でずっと考え込んでいたのだろうか?  村雨は自分が言った手前、ちょっと罪悪感を感じていた。 「しばらく安静にしていてください。のぼせただけなら、すぐに治りますよ。動けるようになったら服着てくださいね」  風呂場から亮介の服を持ってきて隣に置く。 「あ゛~気持ち悪いぃ~……」 「他に具合悪いところはないですか?頭は打ってないんですよね?」 「身体が痛い……」 「いろいろ散乱してたんで、もしかしたらひっくり返った時にどこかぶつけたりしてるかもしれませんね。もうちょっと落ち着いたら痣が出来てないか確認してみてください――」  亮介を運んだ時に床が少し濡れたので雑巾で拭いていると、春海の部屋からマリアが顔を覗かせた。 「お父さん、大丈夫なの?」 「あぁ、大丈夫。お風呂に長く入り過ぎて身体が熱くなっただけですよ。今ソファーで横になってるから、しばらくしたら治りますよ」 「そう……ありがとう」  マリアがほっとした顔でちゃんとお礼を言った。  基本的に……良い子なんだよなぁ…… 「どういたしまして。春海さんは、まだ寝てますか?」 「寝てるよ」 「良かった。ところで、今夜はマリアたちはどこで寝るんですか?上かな?お父さん、部屋まで運びましょうか?」 「あ、えと、上にある部屋よ。まだお布団出してないけど、鞄置いてる」 「ちょっと見てきますね」  村雨は雑巾を片づけると、3階に上がった。 ***

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