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Storm has arrived from England! 第32話(村雨)
『レインドロップ』は3階建ての建物だ。
1階がカフェで、2階、3階が住居になっている。
3階は、春海と両親が使っていたらしい。
今春海が使っている部屋は、元々は祖父母の部屋だったと聞いている。
3階には3つ部屋がある。
春海が2階の部屋に移ってからは、1つは物置、後の2つは来客用にしている。
空き巣騒動の時、村雨が頑なにソファーで寝ていたので、春海が「一緒に寝るのがダメなら、上の部屋に布団を敷くから……」と言ってくれたのだが、3階から1階の気配を探るのはさすがに厳しいし、近くにいないと春海を守れないから、と断った。
半同棲状態になってからは、村雨の荷物を少し置かせてもらっている。
その荷物は今春海の部屋にあるが……
来客用の部屋を覗くと、荷物がそれぞれに入っていた。
亮介 の荷物を置いている部屋に入り、押し入れから布団を出して敷く。
ちゃんと春海が新しいシーツを用意して一緒に置いていた。
「これでいいかな。それじゃあ、連れて来るか」
村雨は軽く腕を回しながら下におりた。
風呂場で見た感じでは、亮介は意外と引き締まった身体をしていた。
筋肉がついているので見た目よりも重量感がある。
身長もわりと高めなので、担ぎ上げるのは結構大変なのだ。
まぁ、もうそろそろ動けるようになってるとは思うけど……
***
リビングに戻ると、何やら亮介の必死な声が聞こえてきた。
起き上がれるようになったのはいいけど……何事だ?
「ねぇ、マリアのお父さんは一体どうしたんですか?」
春海の部屋から顔を出して亮介の様子を眺めていたマリアにこっそりと話しかける。
「お母さんよ。さっき電話したの。お父さんが律にひどいこと言ったって話したら、お母さん怒った」
「あらま……」
亮介はソファーの上で正座をしていた。
必死に電話に向かって謝っている。
「一応、布団敷いて来たんだけど……まぁ、元気になったみたいで良かったです」
「お母さん、怒ると長い。いつも2時間くらいずっとあの調子よ」
「え゛……はは、それは大変だ」
マリアが母親にどう説明したのかはわからないが、電話から洩れて来る声を聞く限り、かなりお怒りの様子だ。
亮介の言動には村雨も正直かなりイラついていた。
連絡もなしにやってきたことから始まって、カミングアウトした春海さんに対してのあの言葉……
春海が耐えているのに勝手に横やりを入れるのもどうかと思い我慢していたが、春海を傷つけられて黙っていられるわけがなく、思わず軽く言い返してしまった。
まぁ、手が出なかっただけ大人になったものだと思う。(村雨が手を出す前に春海が水をぶっかけてくれたおかげで、少し溜飲 が下がったせいもあるが……)
もちろん、春海が落ち着いたら本格的に反撃をするつもりだったのだが……あまりにしょげこんでいる亮介の背中を見ていると、少し同情してしまった。
でも、同情はするものの、亮介を許したわけではないので、もっと怒られろとも思ってしまう。
マリアの母親のことはよく知らないし、俺たちのことをどう受け止めているのかはわからないが、今のところ村雨の中では好印象だ。
マリアの話じゃしばらく続くみたいだし、亮介のことは放っておこう。さてと……
村雨は、チラッと腕時計に目を走らせ、部屋の中の春海とマリアに視線を移した。
「レディーの部屋に勝手に入るのはどうかと思ったから、マリアの部屋の布団は用意してないけど、自分でできますよね?」
「で、できるよ!子どもじゃないんだからっ!」
「そうですね。じゃあ……春海さんも起きそうにないし、君のお父さんもあの調子だし……もう遅いから、続きはまた明日にしませんか?マリアも長旅で疲れているでしょう?」
いくら若くても、イギリスからの長旅で疲れていないわけがない。
マリアの目元に疲労の色が見えていた。
マリアにしても、今日はいろいろとあったので混乱しているだろうしね……
「……わかった」
少し不満気だったが、さすがに眠たくなってきたらしい。
まだベッドで横たわっている春海を複雑な顔で見つめた後、マリアが部屋から出て来た。
「あなたは……どうするの?」
「あ~、俺は……」
村雨も先ほどから、この後どうするか……どうするべきか悩んでいた。
村雨はいつも春海の部屋で寝ているので、寝る場所には困らないのだが……
このまま泊まってもいいのかどうか……
ただ、カミングアウトしたばかりで亮介と険悪なムードになってしまった春海を一人残していくのは心配だし、何より目が覚めるまで傍にいると言った手前、せめて春海が起きるまでは傍にいたい……
そうだ、亮介とマリアとはどちらにせよ話し合いが必要だし、もうカミングアウトをしてしまったのだから何も隠す必要がないってことじゃないか!
うん、よし。今日も泊まろう。
「俺はここで寝るので大丈夫ですよ。今は春海さんの傍を離れたくないので。心配しなくても上の階には行きませんよ」
「そんな心配はしてないわよ!……あなたもここに住んでるの?」
「一応自分の家はありますよ。でも、ほとんど一緒に暮らしてるようなものですし、少なくとも今日は泊まります。まだあなたたちとの話し合いは終わってませんからね」
「……そう。わかったわ。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
何か言いたげな顔をしていたが、上手く言葉がまとまらなかったのか、マリアが渋い顔をして3階に上がって行った――
***
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