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Storm has arrived from England! 第34話(村雨)
紅茶の香りと、パンの焦げる匂いで目が覚めた。
マリアたちか……
村雨は台所が無事なことを祈りつつ、腕の中の春海を見た。
泣きはらした顔で春海がぐっすり眠っている。
春海は、夜中に目を覚まして珍しく村雨に甘えてきた。
春海から「大好き」や「抱きしめて欲しい」と言ってくれるのは珍しい。
それだけ春海が精神的に不安定になっていたのだと思うと、素直に喜べなくて複雑だった。
いや、まぁ、春海さんから言ってくれるのは嬉しいし、めちゃくちゃ可愛いし、言われなくても抱きしめますけれども!!
さて……妻に叱られたおじさんはどうなったかな?
リビングの様子に耳を澄ますと、声を抑えているのではっきりとは聞き取れないが、マリアと亮介が昨日のことについて話しているのがわかった。
マリアは、男同士に偏見があるというよりは、単に春海を村雨にとられたことが悔しいという感じだったからまだいいけど、亮介の方は……他人に言われたからと言って急に偏見が消えるわけじゃないだろうし……生理的に受け付けないという人だっているだろうからな……
***
二人に対してどう接するかを考えていると、控えめなノックが聞こえた。
「マリア?入っていいですよ」
春海が村雨の服を握りしめて眠っているので、横になったまま声をかけた。
扉から顔を覗かせたマリアが、ベッドの中の二人を見て一瞬怯む。
「服は着てるから大丈夫ですよ」
村雨が苦笑しながら言うと、少し顔を赤らめながら近づいてきた。
「律……まだ寝てる?大丈夫?」
「ん~……昨日ちょっと心に負担がかかりすぎたから……春海さんが身体弱いのは知ってる?」
「知ってる……律は子どもの頃はあんまり激しい運動ができなかった。でも、大きくなって元気になったって……」
「子どもの頃よりは元気になったけど、やっぱりストレスとか疲れがひどくなるとね……倒れることもあるんですよ」
「ストレス……私のせい?」
マリアがしょんぼりとした顔で春海を見つめた。
「まぁ……マリアのことももちろん要因ではあるけど、どちらかと言えば、カミングアウトが一番の原因かな……君のお父さんは何か言ってた?」
「あ、そうよ!お父さんのことでお母さんがム……ムゥラシャメ?」
「あぁ、呼びにくかったらマサキでもマサでも好きに呼んでいいですよ。村雨って発音難しいですよね」
村雨が苦笑すると、マリアが少し悔しそうな顔をしながら、横を向いて「ムゥラシャ……サ……マサキ……マサ」と声に出し、どう呼ぶか考えていた。
大学時代、外国人の友人たちはみんなマサと呼んでいたので、発音的にはマサが一番呼びやすいのだろうと思うのだが……
「じゃあ、マサにする」
あ、やっぱり?
「いいですよ。それで、お母さんがどうしたんですか?」
「お母さんがマサに話したいことがあるって。起きたら電話してって言ってたけど……」
「あ~……春海さんが起きるまではちょっと無理ですね。まぁ、時差もあるし、また夜にでも……」
「OK!じゃあ、私はお父さんとお店に行って来る。4月から大学行くから買うものいっぱいあるの」
「わかりました。気を付けて。何かあれば電話してきてください」
「はーい」
買い物に行くのが楽しみなのか、心持ちウキウキしたマリアの背中を見送りながら、マリアのお母さんの話が一体何なのかが気になっていた。
どうか、春海さんをこれ以上追いつめるような内容じゃありませんように――……
***
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