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Storm has arrived from England! 第35話(春海)
春海が目を覚ますと、昼を過ぎていた。
「うわぁ~ぶさいく……」
鏡の中の自分の顔を見て、また泣きそうになった。
前に春海がしてあげたことを覚えていてくれたのか、村雨が冷タオルと温タオルを用意してくれたが、時間が経っていたこともあり、なかなか腫れが引かなかった。
この顔じゃぁ、店に出られないな……
「春海さん、どうですか?ちょっとは引いた?」
「あ~……あんまり……」
「すみません、俺がもっと早く気付けば良かったんですけど……」
「いえいえ、私のせいで村雨さん動けなかったんだし……すみませんホントに……」
昨日叔父たちにカミングアウトした後のことは、記憶が曖昧であまり覚えていない。
村雨が言うには、病院に行くほどではなかったが、(おそらく)心因性のストレスで軽く倒れたらしい……
その上、どうやら夜中に寝惚けて村雨に泣きついた挙句、服を握りしめて眠ってしまったので、春海が起きるまで村雨も身動きが取れない状態だったらしい……
村雨さんに迷惑かけすぎでしょ……
でも、春海としては、目を覚ました時に村雨が抱きしめてくれていたのは嬉しかった。
家に帰らずに傍にいてくれたことが嬉しい。
「春海さん、パンくらいなら食べられそうですか?」
「え?あ、わたし作りますよ!?」
「目を冷やしながらは作れないでしょ?凝ったものは作れませんけど、パン焼くくらいできますから大丈夫ですよ」
村雨がちょっと苦笑した。
確かに前が見えない状態じゃどうにもならない……
「……そうですよね」
「春海さん?何考えてるの?」
「え……」
「マイナス思考はダメですよ、また苦しくなっちゃうでしょ?」
「あ……はい」
タオルで顔を押さえているのに、なぜか村雨には落ち込んでいることがバレたらしい。
「俺のことは気にしなくていいんですよ。春海さんと一緒に寝てたのだって、別に手を外そうと思えば外せたけど、俺がしたくて添い寝してただけですから。……でも、昨夜のことを全然覚えてないっていうのはちょっとショックだなぁ~……俺春海さんにめちゃくちゃ愛の告白したのにな~……」
「え?……えええええええ!?ちょ、え!?どういうことですか!?」
びっくりして思わずタオルを外して村雨を見た。
あああああ愛の告白って!?
「お?ん~ちょっとまだ腫れてますね」
詳しく聞きたかったが、村雨が春海の問いかけをスルーして顔を覗き込んできたので、慌ててまたタオルで隠した。
「あわわわ……今は顔はあんまり見ないで下さいぃ~!!」
「なんで?」
「だって、めちゃくちゃぶさいくな顔してるから……」
「……多少腫れてはいますけど、春海さんはどんな顔してても可愛いですよ?」
「かわっ……えっ……いやいやいや……さすがにこの顔はヤバいですって!!」
「はは、俺はどんな春海さんも好きだってことですよ。それより、タオル交換した方がいいんじゃないですか?」
うわ……そういうことをサラッと言うんだもんなぁ……
やっぱり村雨さんはタラシだ……
村雨の言葉にキュンとしている自分と、言い慣れてる感がある村雨の様子に少し嫉妬している自分がいて、ちょっと複雑な気持ちになる。
「春海さん?どうしました?っていうか、立ったままでしたね。座って待っててください」
村雨は春海の手をひいてソファーに連れて行くと、新しいタオルを渡してくれた。
村雨さんの優しさが嬉しいのに、あんなちょっとのことで嫉妬しちゃうとか……昨日に引き続き感情の起伏が激しい……なんだか自分自身に振り回されている気がする……落ち着かなきゃ……
春海は深呼吸をして、渡されたタオルを目に当てた。
***
「そういえばね、マリアが、マリアのお母さんから俺に何か話があるって言ってたんですよ」
「え!?スザンヌが!?何でですか!?」
「ん~、昨夜ね――……」
どうやら、昨夜マリアが叔父と春海の様子をスザンヌに話したところ、スザンヌが怒って叔父に電話をしてきていたらしい。
マリアが日本に帰って来る時には、もちろんスザンヌも一緒に帰って来ていたので、春海もスザンヌとは親しい。
とても明るくてよく笑う魅力的な女性だ。そして、気が強い。
昔からよくスザンヌに叔父がやり込められていた。
スザンヌは……たぶん同性愛についてそんなに偏見はないと思うけど……でもわたしじゃなくて村雨さんに話ってどういうこと?
「わたし……スザンヌに電話してみます!……え?」
村雨が、電話に手を伸ばそうとする春海の手を軽く握るとにっこり笑った。
「その前に食べませんか?」
「ああっ!すみません、そうですよね!!はい!食べましょう!!」
導かれるまま席に着くと、ベーコンエッグとトーストとサラダが並んでいた。
あれ?村雨さん、料理苦手って言ってたけど、結構……うまくないですか?
「久しぶりに作ったけど、何とか焦がさずに作れました!」
村雨が得意顔で春海を見てくる。
「村雨さん……お料理できるんですね!!」
「ん~……作れることは作れるんですけど、凝ったのは無理です。味付けとかわからないんで……」
そういえば、村雨さんはお料理の味付けの「少々」や「適量」という意味がわからないと言っていたっけ……
そこら辺は味見をして自分の好みの味にしていけばいいのだが、自分の舌を信用していないとかで、そういうのは苦手らしい。
「美味しい……」
「え、ホントに!?大丈夫です?殻とか入ってない?」
「ふふ、入ってませんよ。大丈夫、上手に焼けてますし、美味しいです」
春海が食べるのを心配そうに見守っていた村雨が可愛くて思わず笑ってしまった。
「良かった~」
村雨が無邪気に笑った。
なんていうか……初めて子どもに料理を作って貰った母親の気分だ……
初めて食べた村雨のベーコンエッグは、卵の半熟具合が春海好みで、村雨の愛情がたっぷり込められていてとても美味しかった――
***
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