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Storm has arrived from England! 第42話(春海)

 叔父が、春海と村雨を見てため息を吐いた。 「あ~……うん。わかった。君たちが僕たちとは違うというのはわかったよ。でも、律、本当にいいのかい?彼とはいくら愛し合っていても、同性同士だ。同性愛に寛容になってきている国でも、やっぱり偏見を持っている人はたくさんいるし、差別だってあるんだよ。ましてやここは日本だ。何かと生き辛い思いをしなきゃいけないだろう……」    頭ごなしに反対していた時とは違って、ちゃんと甥っ子のことを心配している叔父の顔になっていた。  叔父が言っていることはわかる。  それは……春海も村雨も、ずっと考えていたことだ。   「叔父さん、心配してくれてありがとう。わたしも、偏見があるのはわかってる。だから、すぐに受け入れてもらえるとは思ってない。実際、まだ店の常連さんたちには二人のことを話せてない人の方が多い。カミングアウトして廃業に追い込まれた同業者の話も知ってる。もしわたしも同じ状況になったら、この店を手放さなきゃいけなくなるかもしれない。それだけは避けたい。そのために、今少しずつ、常連さんに村雨さんのことを知ってもらおうと頑張ってるの」 「春海さんとこの店は俺が守りますよ。もしここにいられなくなっても、俺は春海さんとならどこにでも行くし、俺が絶対にまた春海さんが店を出せるようにします。だけど、ここは春海さんの実家でもあるし、思い出がたくさん詰まってるところだから、なるべくここで長くいられるように、俺も手を尽くします。まずは常連さんたちに認めて貰えるように頑張りますよ!」  村雨が、春海の肩を軽く抱き寄せた。  そう、このことは、以前から村雨さんとも話し合っていたことだ。  『レインドロップ』の常連さんたちは、みんな基本的に悪い人ではない。  長年の常連さんたちは、春海のことを我が子、我が孫のように思ってくれている人たちがほとんどだ。  だから、村雨さんが春海にとってどれだけ大切な人か、必要な人かがわかれば、そんなに反対するような人はいないと思っている。  もちろん、中には偏見の目で見る人がいるとは思うけれど……すべての人から理解されることはそもそも不可能だ。  攻撃する人は、それが異性同士だろうが同性同士だろうが関係ない。  ただ攻撃する対象が欲しいだけなのだから…… 「村雨さんとなら、どんなことも乗り越えられると思ってます。わたしよりも年下だけど、村雨さんはすごく頼りがいがある素敵な人なんですよ。本当は叔父さんたちにも祝福してもらいたいけど、叔父さんがわたしたちのことを認めたくないっていうなら、それは仕方ないです。だけど……」 「無理に認めなくてもいいですが、否定はしないで下さい。俺たちを否定するってことは、あなた自身の過去も否定することになりますよ?ジョージのこと、愛してたんでしょう?ジョージの残した命と、ジョージの愛した妻を代わりに守ろうとする程に」  村雨が春海の言葉を引き取って叔父に伝えてくれた。  その言葉を聞いて、叔父が少し淋しそうに笑った。 「君は本当に……痛いところをついてくれるよね……そうだな、たしかに僕はジョージを愛していた。いや、今も愛している。スザンヌのことも本当に愛しているけれど……君が言うように、ジョージの愛した人だから、守りたいと思ったっていうのもあるな。……あ~ぁ、彼が亡くなってから20年。マリアも大人になったし、ようやく彼への気持ちに区切りをつけられると思っていたのに……」 「区切りなんてつけるなっていうジョージからのメッセージかもしれませんよ?」 「はは、そうかもしれないね。……わかった、認めるよ。でも、条件がある」 「条件?叔父さん、条件って一体……」 「必ず幸せになりなさい。僕とジョージは(いびつ)な関係のまま終わってしまった。君たちは僕たちとは違うというなら、必ず幸せになってくれ。僕たちの分まで」  叔父が春海と村雨を見た。 「叔父さん……もちろんですっ!」 「言われなくても、今よりももっと幸せになりますよ。ね、春海さん」 「はい!」  春海は、村雨に笑いかけると、村雨の肩にちょっともたれかかった。  春海の肩を抱く村雨の手に軽く力が入る。 「こら春海さん、煽っちゃダメ!!」  村雨が春海に笑顔を向けながら叔父に聞こえないように小さい声で言った。 「え?」 「もうちょっと待って!」 「ぁ……はい……」  何を待つのかよくわからないが、とりあえず村雨にもたれるのをやめた。  煽るって何のことだろう……? 「んん゛、あ、え~と今更なんですけど、俺は何て呼べばいいですか?」  村雨が軽く咳払いをして叔父に問いかけた。 「ん?どういう意味だい?」 「あなたのことをです。一応、春海さんにあなたのことを話す時は『おじさん』マリアに話す時は『マリアのお父さん』って言ってたんですが、俺があなたを呼ぶ時はどう呼べばいいですか?なんだか、さっきまで俺のことは認められてなかったみたいだから、『おじさん』と呼べば「お前のおじさんじゃない!」って言われそうだし、『亮介さん』と呼べばそれも文句言われそうだな~と思って、あえて『あなた』と呼んでたんですけど……ちなみにあなたを『春海さん』と呼ぶ選択肢はないです」  そう言われてみれば、村雨が叔父を呼ぶ時は相手によっていろいろ呼び方が変わっていた。  どう呼べばいいかだなんて……そんなことを気にしていたのか……  っていうか、叔父もマリアも名字は『春海』だ。  だから、むしろ『春海さん』じゃなくてわたしのことも名前で呼んでくれればいいのに…… 「あ……あぁ、そうか。そうだな……う~ん……まぁ……それじゃあ『亮介さん』で」 「わかりました。それじゃあ、これからよろしくお願いしますね、亮介さん」 「こちらこそ」  営業スマイルで村雨に手を差し出され、叔父も苦笑いをしながら手を差し出した。  春海はその光景を微笑ましく眺めながらも、村雨がいつになったら名前を呼んでくれるのかと考えていた――…… ***

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