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嵐の後 第45話(村雨)
「お~っす!元気か?」
「痛っ、先輩!そこ今触っちゃダメぇ~!」
「変な声出すなバカっ!」
長ベンチに投げ出された村雨の足を、先輩が笑いながらペチンと軽く叩いた。
――村雨は数日前、ちょっとドジったせいで扉に足を挟んでしまった。
しばらく冷やせば大丈夫だろうと甘く見ていたのだが、一向に腫れが引かない。
仕方がないので翌日整形外科に行くと「あ~……甲のところに亀裂骨折 ……所謂 、ヒビが入ってますね」と軽く言われた。
よって今、村雨は右足先に靴下代わりにギブスを装着している。
少しヒビが入っている程度なのでテーピングだけでもいいのではないかと思ったのだが、仕事が営業で毎日歩き回っていると言ったら、だったらテーピングじゃなかなか治らない。下手すりゃ酷くなるかもと脅され、仕方なくギブスを装着したのだ。
変に庇 いながら歩くので、どうしても疲れるし、ギブスで固められているので血行が悪く、長時間歩くと足がむくみやすい。
だから、たまにこうやって足を持ち上げて休憩させて貰っているのだ。
「やっぱり、治るまで内勤にしてもらった方がいいんじゃねぇか?」
「う~ん……でも1か月くらいで治るらしいですし……」
「それは大人しく安静にしていた場合だろ?歩き回ってたらなかなか治んねぇぞ?」
「そうは言っても……もうすぐ新入社員も入ってきてバタバタする時期ですから……」
「ホントにな~、なんでこんな時期に足ケガするかなぁ~……」
先輩がさりげなくチクチクと刺して来る。
「ぅ~~~……俺だって好きでケガしたわけじゃないっすよぉ~~~!!」
「そりゃそうだろうけど……春海さんとのゴタゴタは片付いたのか?」
「えぇ、まぁ……叔父さんに関しては片付きました――」
***
足をケガする数日前、恋人である春海の叔父が厄介事を手土産に急にイギリスから日本に帰って来た。
そのせいで、急遽春海との関係をカミングアウトする流れになってしまった。
そこからまたいろいろと新事実が発覚したり、話し合いが長引いたり……春海の叔父に振り回されて、たった数日の間に予想外の出来事が続き、村雨もさすがに疲労困憊 だった。
足を挟むようなドジをしたのは、そのせいもあるかもしれない……と思わず叔父のせいにしたくなる。
「片付いたってことは、一応認めて貰えたのか?」
「え?あぁ、それはもう」
「そっか、まぁ、何とか丸く治まってよかったな」
「えぇ、まぁ……そっちは何とかなったんですけどね」
「ん?……あ、そういやフィアンセの方はどうなったんだ?」
「それが――……」
話し合いが済んだ翌日、春海の叔父はイギリスに帰って行った。
だが、マリアはもちろん残っている。
一応、村雨と春海が付き合っているということはマリアも理解し、二人が真剣だということも認めてくれたのだが……
だからと言って、今更4月からの留学を取り消すわけにはいかない。
それに、マリアの気持ちだって、いきなり「はいそうですか、じゃあ諦めます」とはならない。
よって、マリアは相変わらず「留学してる一年間は律にいっぱいアピールする!一年間一緒にいれば、私のことを好きになってくれるかも!」と、律を堕とす気満々なのだ。
「へぇ~、さすがにガッツがあるねぇ」
「若いですよね~……肉食系女子ってああいうのを言うんですかね……?」
フィアンセが来たと聞いた時は焦ったが、今は、マリアが春海と一つ屋根の下に住むことで、春海の気持ちがマリアに傾く……ということはないと信じている。
その点は心配していないのだが、別のことで村雨は悩んでいた。
今現在、春海の恋人は村雨だし、村雨は春海の部屋を共同で使わせて貰っているので、叔父がいなくなればマリアが一人で3階を自由に使える。
だから、マリアが増えても3人で生活をするにあたって特に不自由はないのだが、かと言って、やはり世間から見ると、春海とマリアはいとこ同士だから一緒に住んでもおかしくはないが、そこに『ただの春海の友人』である村雨がいるのは……春海がまたお客さんにいろいろと聞かれた時に返答に困るのではないだろうか……
「じゃあ、お前は家に帰ってんの?」
「いや、そのつもりだったんですけど、足を怪我しちゃって、さすがに一人だといろいろ不便だから……結局今は春海さんのところでお世話になってます」
「なんだよ、じゃあ別にそんな悩むことないだろ?」
「そうですけど~……足が治った時にどうしようかな~って……」
「それはまたその時に考えればいいだろ。だいたい、お客さんだって、お前が入り浸 ってるのはもう知ってるんだろ?」
「まぁ、一応……」
常連さんとは、村雨もだいぶ交流を深めてきているので、今は春海の家にしょっちゅう泊まらせて貰う程仲が良い関係になっていることは認知されてきている。
このまま、スムーズに同棲……できたらいいんだけどな~……
「で、俺に頼みたいことって何だよ?」
「あ、そうでした。え~と実は――……」
村雨が先輩に頼み事をすると、先輩は「わかった、それじゃ明後日な」とあっさり承諾した――
***
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