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ため息の花束 第48話(春海律)

「もしもし、(りつ)さん?すみません、今日も遅くなりそうなので、自分の家に帰りますね」 「えっ!?あの……遅くなっても大丈夫ですから、うちに来てくれませんか?一人だと大変でしょう?」 「ん~でも、たぶん日が変わってからになりそうですし……遅くまで待ってて貰うのは申し訳ないですから……律さんも疲れちゃうしね。それにマリアも大学始まってるから朝早いんでしょう?遅くに帰って起こしちゃうと悪いですから……」 「マリアは3階で寝てるから大丈夫ですよっ!わたしも全然大丈夫ですよ!?」 「ありがとうございます。でもやっぱり……あ、週末は会いに行きますからっ!」 「……わかりました。あんまり無理しないでくださいね?」 「はい、律さんもね!それじゃ、また――」  律は通話を切ってため息を吐いた。 「今のって、村雨君かい?」 「あっ!すみません、お客さんをほったらかしにしちゃって……」 「あぁ、気にしなくていいよ。もう他にいないんだし。村雨君、まだ仕事かい?」  常連客の先生が、時計をチラリと見た。  時刻はもうすぐ20時だ。  律の店は、不定休の上、店を開ける時間も閉める時間もある意味店主の気分次第だ。  今日は19時を過ぎた頃から先生しかお客がいないので、先生が帰ったら店を閉めるつもりだ。 「村雨さん、新入社員の教育係になってるらしいんですけど、足のケガのせいで外回りもいつもより時間がかかるみたいで、いろいろと仕事が溜まっちゃって……」 「ふむ……」 ***  叔父がイギリスに帰って何とか問題が一つ片付いた。  マリアも、最初は「留学中に律に好きになって貰う!」と息巻いていたけれど、一緒に暮らし始めると少し邪魔はしてくるものの、なんだかんだで真樹にも懐いているし、律にも特別なアプローチをかけてくるようなことはない。  少し大きな娘が出来たくらいの感じで、平穏な日々に戻れたと思っていたのに……  4月に入って、真樹は新入社員の教育係になった。  先輩が後輩を指導するのは当たり前のことなので、それはいいのだが……足のケガのせいで外回りの効率が悪く、仕事がどんどん溜まってしまい、ここ最近はずっと深夜帰りなのだ。  深夜帰りが始まって3日目。真樹が自分の家に帰ると言い出した。  仕事が忙しくて疲れているなら尚更、律のところに帰ってきて欲しい。  そうすれば、晩御飯も出来ているし、お湯も沸いているし、足だってマッサージしてあげられるし……  だけど、真樹は律が普段22時を過ぎると眠くなることを知っているので、遅くまで待たせるのが心苦しいらしい。 「それなら……マスターが行けばいい」 「え?」 「ほら、前に彼が風邪を引いた時にも言っただろう?心配ならマスターから様子を見に行けばいい。彼が来るのを待つ必要はないんだから」 「でも……わたしに会いたくないのかもしれないし……」 「恋人に会いたくないなんて思うかい?」 「わからないですけど……」 「わからないなら、会いに行ってみればいい。それでもしばらく放っておいてくれと言うようなら、そっとしておいてやればいい。でも、村雨君の場合はきっと、マスターに逢いたくて仕方ないと思ってるはずだよ」  先生がなぜか自身たっぷりに言うと、小銭を置いて立ち上がった。 「マスターも村雨君も、たまには自分の気持ちに素直になればいい。相手のことばかり考えすぎなんだよ。それじゃあ、ごちそうさま」  先生が帽子を被りながら、律に微笑みかけると、軽くウインクをした。   「あ、ありがとうございました~!」  先生も天然のたらしだ……  律は苦笑しながら先生を見送り、店を閉めた。  自分の気持ちに素直に……か。  よしっ!! 「マリア―!晩御飯作るので手伝ってください」 「OK!今日は何作るの~?」 「今日はね――……」 ***

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