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ため息の花束 第51話(春海律)
「……」
――あれ?
「真樹 さん?」
律 の背中を撫でてくれていた真樹の手が止まった。
訝しく思って顔を上げると、真樹が気持ち良さそうに寝息を立てていた。
「え、寝ちゃっ……た?」
そりゃそうか……こんな遅くまで仕事してたんだもの。
それに、わたしがいたせいで驚かせてしまって余計な体力使わせちゃったのかもしれない。
スーツも脱いでないし……
どうしよう……今動いたら起こしちゃう?でも、スーツは脱いで寝た方がいいよね……
「よ……ぃしょ……」
律を抱きしめている真樹の腕をそっと外す。
起きてない?
起きてないよね?
起きないでくださいね?
真樹の様子を窺 いながら、スーツを脱がした。
真樹を着替えさせるのは風邪で倒れていた時にもしたし、祖父母の介護をしていたのでこういうことには慣れている。
でも……
スーツを脱がすのって、何だか……えっちだ……
真樹が呼吸する度に胸が上下する……徐々に露わになっていくその胸に顔を埋めたい衝動に駆られて、思わずボタンを外している指が止まった。
ごくりっ……
いやいやいや、ごくりっ……じゃないから!!
わたしは別にそんな……いかがわしい行為をしようとしてるわけじゃなくてですね!?これはただ、スーツが皺になるといけないし、着替えた方が身体が楽だし……って、わたしは一体誰に言い訳してるの!?
頭を軽く振って深呼吸をすると、無心で真樹を着替えさせた。
洗濯は明日うちに持って帰ってしようかな……
後は~……あれ?
玄関に落ちていた鞄を拾いに行って、その横に落ちているコンビニ弁当に気がついた。
あ~あ、ぐちゃぐちゃだ……
こんな遅くに帰って来るのだからきっと晩御飯はコンビニ弁当だろうなとは思っていたけれど……せっかく買ってきたその弁当までこんな風に放り出しちゃうほど疲れてたんだよね……
やっぱり……こんな状態で放っておけない!
先生にも、もっと自分の気持ちに素直になれと言われたし……
真樹は律の家に来ないのは律の身体を想ってのことだと言うけれど、律だって真樹の身体のことを心配している。
真樹が来ないと言うなら、律がここに来るだけだ。
今日はちょっと失敗しちゃったけど……明日からはもっとちゃんと真樹さんが帰って来た時に癒してあげられるように頑張ろう……
とりあえず……き……キスとか……?
律は部屋を片付けると、ベッドに戻った。
本当は顔を見るだけで帰るつもりだったけれど、もう遅いので明日の朝帰ることにした。
おじゃましま~す……
起こさないように静かに隣に滑り込む。
だが、真樹はちょっとやそっとじゃ起きそうにないくらい爆睡していた。
着替えさせても全然起きなかったし……
珍しい……それだけ疲れてるってこと?それとも……
真樹は、普段律と一緒に寝ている時には、律がいくらそっと抜け出そうとしても、気配で目を覚ます。
元々眠りが浅いのかと思っていたけれど、もしかしたら……真樹は律といるとあまり熟睡できないのかもしれない……
わたしは真樹さんが一緒にいてくれると熟睡できるけれど……今まで我慢してくれてたのかな……
あれ?だったらわたしがここに来るのはやっぱり駄目なんじゃ……
いや、泊らなければいいだけの話か。
晩御飯を持ってきて、お風呂の準備をして……真樹さんの顔を見たら帰る。
そうしよう……
でも、今日だけは……一緒に寝させて下さいね……
「今まで気づかなくてごめんなさい……おやすみなさい」
律は自分の鈍感さに呆れて小さく息を吐くと、眠っている真樹の口唇にそっと口付けた――……
***
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