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ため息の花束 第56話(春海律)

 未だにハロウィンの時のことを真樹が気にしているとは思わなかった。  あの時はまだ男同士のそういう行為に対して心の準備が出来ていなくて、真樹にがっかりされたらとかいろいろ不安で……  ハロウィンの後、真樹がかなり気にしている様子だったのは知っているけれど……でも、年末に抱かれた後は、真樹との間にあったそういうギクシャクした空気はなくなっていたので、ハロウィンの時のことなど律は完全に忘れてしまっていた……  叔父に言ったように、真樹といると律にしては珍しく、もっと触れて欲しくなる。  真樹になら、また抱かれたい……と本心から思っている。  いつも我慢してもらってばかりで申し訳ないからという気持ちもあるけれど、それだけじゃなくて……  真樹に触れられると気持ちいい……素肌に触れられるのは恥ずかしいし頬が火照って動悸が激しくなるけど、それでも抱きしめられると泣きたくなるくらい安心するから……  それに、初めて抱かれた時は真樹は律に気を遣ってばかりだったので、次はちゃんと真樹にも気持ち良くなってもらいたい……  それなのに、いざそういう雰囲気になると……  アタフタするばかりで……また雰囲気ぶち壊して……    こんなはずじゃなかったのに……  わたしがこんなんじゃ真樹さんも抱く気になれないよね――…… *** 「はぁ~~~……」  律は洗顔後、鏡に映った自分の顔を見ながら大きなため息を吐いた。  目を覚ますと真樹の腕の中にいた……  昨夜は律が遅くまで無理やり話しに付き合わせていたので、さすがに真樹はまだ寝ている。 「わたし一体何がしたかったんだろう……」  昨夜の自分の行動を思い出して、先ほどからため息しか出ない……  自分がそういうことに疎いのはわかってるし、性欲が少ないのも真樹に会うまでは別にそれでいいと思っていた。  律は顔と物腰の柔らかさのせいか女の子からよく告白はされたけれど、付き合っても大抵は「したくないってことは私のことが嫌いなんでしょ?」と誤解されてフラれることばかりだった。  中には「EDなんじゃないの?」とか「病気なんじゃないの?」とか、よくわからないことを言ってきては、勝手に変な噂を流されることもあった。  ……相手に魅力がないわけじゃない。彼女たちのことは可愛いと思うし、好きだなと思っていた。  でも、いくら好きでも性欲を感じないものは仕方ない。  求められれば一応そういう行為だってしたけれど、したいと思わないから自分からはどのタイミングですればいいのかわからない。  律のそういう態度が彼女たちのプライドを傷つけていたのだと思う。  だから、彼女たちにフラれたことはショックではあったけれど、まぁ自分のせいだし仕方ないと受け入れ、すぐに切り替えることが出来た。  だけど……  真樹にフラれたらそんなに簡単に切り替えることなんて出来ない……  真樹には嫌われたくない……  これって……病気なのかな……?  性欲って、病院行ったらどうにかなるものなの?  『普通』がよくわからないけど、平均的な性欲があれば、真樹さんとももっとスムーズに2回目が出来る?  あんなにアタフタせずに……ちゃんとできる?―― 「っ!」  鏡に映る情けない顔の自分を見つめていると、階段を下りてくる足音がしたので、涙を隠すためにもう一度顔を洗った。 「律、おはよー!」 「おはよう、マリア。よく眠れましたか?」 「うん!いっぱい寝たよ~!マサは?」 「まだ寝てますよ。真樹さんは昨日も仕事が忙しくて帰りが遅かったから、もう少し寝かせてあげましょうね」  寝るのが遅くなった原因はわたしだけど……  心の中でほろ苦く呟くと、自嘲気味に笑った。  そんな律の様子を見て、マリアが眉を顰めた。 「律……泣いてた?」 「え?」 「Your eyes are red with crying(泣いて目が赤くなってるよ).」 「あ~……えっと、ちょっとゴミが入ったの。今目を洗ったから……もう大丈夫!」 「……OK!律、お腹空いたぁ~!」  マリアが少し疑わしそうな目で見ていたが、軽く肩をすくめて、話を変えた。    マリアなりに空気を読んでくれたのかな…… 「朝食作りますね。マリアは何がいいですか?」 「え~とね~……」  なるべく大きな音をたてないようにしながら、マリアと朝食を作って食べた。 「マリア、今日は何をして過ごすの?」 「ん~……友達とshopping(買い物)に行くよ!」 「そう、楽しんできてね」 「はーい!」  真樹の分の朝食も用意して、ラップをして冷蔵庫に入れると、律は開店準備をするために店に下りて行った――…… ***

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