55 / 89

ため息の花束 第54話(村雨真樹)

 真樹は、律が言っていた言葉をひとつひとつ思い出した。 「え~と……俺は律さんと一緒の方が熟睡できる。これは本当だからね?一人で寝るよりも、律さんを抱きしめて寝た方が安心できるし、癒されるから、睡眠の質が良くなってます」 「……え?」 「で、一緒に寝てる時に律さんが起きると俺もすぐに起き上がるから熟睡できてないと思ったんでしたっけ?」 「はい……」  確かに、律と寝ている時は……律のちょっとした動きにも敏感になっている。  起き上がる気配がするとどこか具合でも悪いのかと思って真樹も起きてしまう。  でも……それはもう条件反射というか、身体が自然にそうなってるので、熟睡できていないわけではない。 「だけど、それって……やっぱりわたしといると真樹さんゆっくりできてないじゃないですか……」 「ん~……普通に考えるとそうかもしれないけど、俺にとっては律さんが傍にいてくれない方がストレスですよ。俺が一人になるの苦手だって知ってるでしょ?」 「それは知ってるけど……でも忙しくなるといつも……真樹さんの方から向こうに帰っちゃうじゃないですか……わたしは……傍にいてって言ったのに……」  律が少し目を伏せて口唇を尖らせた。  う……それはそうなんだけど……でも、俺も好きで向こうに帰ってるわけじゃないんだよな~……  疲れすぎてると頭が回らなくて自制きかなくなるから……無意識に律に手を出しそうで怖いっていうのが本音だ……けど…… 「ん~……まぁ、遅くなると律さんに負担かかるからっていうのもあるし、忙しくなると疲れ切ってるから、帰りついたらそのまま勢いで寝れちゃうんで、何とか一人でも大丈夫っていう……でも、夢見は悪いですよ」 「……でも……」 「あのね、律さんが着替えさせてくれたのに起きなかったのは、もうあの時疲労ピークで限界だったからですよ。だから、律さんが来てくれて良かったんです。そうじゃなかったらたぶん俺あのまま倒れてたかもだし。っていうか……そうですね、俺今まで律さんには心配かけたくなくてそういうとこ隠してたけど……俺が何されても起きない時は99%がいろいろと限界の状態ですから、覚えておいてもらっていいですか?またその状態になって律さんに誤解させちゃうといけないし」  律には甘えてばかりだけれど、仕事で疲れ切っている姿はあまり見せたくないという気持ちがあった。  心配かけたくないし、何となく、カッコ悪い気がして…… 「えええ!?限界って……ダメじゃないですかそれ!!」 「だから、俺を癒すためだと思って一緒に寝てくれませんか?」 「……え、本当に……一緒に寝て貰ってもいいんですか……?」 「俺が一緒にいて欲しいんです。律さんがいないと疲れが取れないから……お願いします」 「……はぃ……」 「良かった。じゃあ、今夜からまた一緒に寝てくださいね!」 「えっ!?あ、はい!」 *** 「真樹さん……あの、さっきの話ですけど……」 「ん?」  何とか律を説得することに成功して、久々に律を抱きしめて横になった。  そのまますぐに眠りに堕ちそうだった真樹は、律の声に重い瞼を開いた。 「わたしといた方が眠れるのに、忙しくて疲れが酷い時ほどわたしから離れるのって、矛盾してませんか?わたしの身体を心配してくれてるって言っても、そんな倒れる程ギリギリの状態なのに……?」  律が真樹の胸元に頬を摺り寄せてきた。  あ~今それヤバいかも…… 「ん~……ホントに矛盾してますよね~……」 「はい……」 「でも、俺にできる精一杯だから……」 「え?」 「疲れすぎると自制ができないから、律さんに何するかわかんないし……」 「自制って……あの……でも真樹さんに暴力を振るわれたことはないですし……そんなに心配しなくても大丈夫ですよ?」 「はは、いやいや、自制がきかなくなった俺が何したか忘れたわけじゃないでしょ?いくら恋人同士でも、無理やりヤったら強姦だし、強姦は立派な暴力ですよ……」  仕事が忙しくなる度に、律に対してこんなに慎重になるのは、ハロウィンの時に酒に酔って律を襲いかけたことが真樹の中でずっと後悔として残っているからだ……  自制のきかなくなった自分が、愛する人を傷つけるかもしれないという不安と恐怖。  恋人ならいいという問題じゃない。  身体(からだ)精神(こころ)の両方で繋がっている関係なら、多少強引にしても大丈夫かもしれないけれど……  性欲が少なくてそういう行為をあまり必要としない律に対して無理やり襲いかかるということは、辛うじて繋がっている精神的な繋がりを自ら断つのと同じことだ。 「もしかして……ハロウィンの時のことまだ気にしてます?でも、あの時はわたしがその……そういう行為について無知で……やり方がよくわからないから怖かっただけで……今はもう大丈夫です……よ?」  律が少し頭をあげて真樹を覗き込んできた。  大丈夫って言っても……まだ一回しかしてないでしょ?  真樹は苦笑しながら、律の頭をぽんぽんと撫でた。 「ダメです。律さんあの時自分がどんな顔してたかわかってないでしょ?」 「顔って……?」  ――乱れた服から覗く肌を隠すように自分を抱きしめて、怯えた表情(かお)で泣きながら俺を見つめる律さんの顔が今でも脳裏から離れない。  あの時の表情(かお)は、何があっても忘れちゃいけないと思っている。  自分に対する(いまし)めだから…… 「何でもないよ……もう寝ましょうか。俺そろそろ限界で……」 「待って、わたしは本当にもう大丈夫ですってば!あの時のことは忘れて下さいっ!!真樹さんは何も悪くないんだからっ……」 「律さん?」 「ごめんなさい……わたし……真樹さんがあの時のことをそんなに気にしてるだなんて思ってなくて……あれはわたしが過剰に反応しちゃっただけで、真樹さんは本当に大したことしてないんですよ!?」  律が珍しく食い下がる。  でも…… 「過剰に反応したってことはそれだけ律さんにとっては怖かったってことでしょ……?」 「あ……ぅ~~……そ、そうですけどっ!!でも……もう怖くないもんっ!」  もんっ?なんだその可愛いの……  あ~もう……涙目になっちゃって……そんな必死な顔で……  そんなに煽ってきて俺にどうしてほしいの?  え、何?つまり襲ってって言ってる?  もう眠気が限界で真樹の頭は半分以上働いていなかった。  必死に真樹を覗き込んでくる律に手を伸ばす。 「え?」  律の後頭部に手を添えてグイッと抱き寄せると、くるっと体勢を入れ替えて押し倒した――……   ***

ともだちにシェアしよう!