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ため息の花束 第59話(村雨真樹)

――だから……わたし今まで性欲のせいで誤解させてフラれることばかりだったから……」  律が時々言葉に詰まりながらも、今朝考えていたということを話してくれた。  つまり、今までの恋愛がうまくいかなかった原因が性欲だったから、このままだと俺ともうまくいかなくなるかもって心配になってきたわけだ。   「律さん、俺は別に律さんの性欲が少ないっていうのはわかってるし、俺に抱かれるのが嫌なわけじゃないっていうのもわかってるから、そんなことが理由で別れるとかあり得ないですよ?律さんだって、それはわかってるでしょ?」 「だけど……わたしに平均的な性欲?があれば、こんなにアタフタしないかもだし、そしたら真樹さんも変に気を遣わずにえっちできるじゃないですか……」  律が涙目で真剣に訴えかけてくる。    急に病院行くなんて言い出した理由はわかった。でも、ちょっと待って…… 「え~と……律さん、まずね、根本的に間違ってる」 「え?」 「えっちの時に照れてアタフタするのは、性欲じゃなくて性格と経験値の問題だと思いますよ」 「性格?」 「だって、律さん、えっちの時以外でも俺と話してると真っ赤になるしアタフタするじゃないですか」 「……あ……」  律が、目を大きく見開いて茫然と固まった。 「ね?だから、別に性欲は関係ないでしょ?まぁ、でも言いたいことはわかりました。俺が律さんの泣き顔に弱いから強引にできないせいもあるんですよね……」  そうなのだ……律を怖がらせたくなくて真樹が弱腰になってしまっているのがそもそもの原因でもあるわけで……  だったらもう…… 「律さん、マリアは遊びに行ってるんですよね?」 「え?あ、はい。友達と遊びに行くって……」 「じゃあ、今から抱いてもいい?」 「あ、はい……って、え?抱っ……ええええっ!?」  律が50センチくらい後ろにズササッと後退して壁に背中をピッタリと貼り付けた。    見事に後退(あとずさ)ったな…… 「……本当は俺の足が治ってからと思ってたんですけど、まだもう少し完治には時間かかるし、それだと律さんが不安なままでしょ?それにそういうことに免疫つけたいってさっき自分でも言ってたじゃないですか」 「い、言いました……か?……言いました……よね……はい。いや、そうなんですけど……え、でもまだ朝……」 「夜だとマリアがいるでしょ?3階にマリアがいたら律さん気になって余計に緊張しちゃうでしょ」 「そそそそうですね……」 「どうします?律さんが嫌なら無理にとは言わないけど……」 「えっ!嫌……ではないです……」 「今なら理性があるんで、律さんが準備するの待つ余裕もあるし、止めることもできますよ?」 「あの……えっと……」  律が言葉に詰まって口をパクパクしながら今にも泣きそうな顔で視線を泳がせた。  普段なら、律がこうなったらもう俺の方から折れるんだけど……でもそれがダメなんだよな……  つまり、律さんが自分で返事できるまで待てってことか。  はい、待ちますよ?いくらでも!  真樹は、律の返事を根気強く待った。  体感時間1時間、絶対時間20分間。  延々ひとりで百面相をしていた律が大きく深呼吸をして、チラリと真樹を見た。 「しゃ……シャワー浴びてきていいですか……?」  律が、今から単身敵地に乗り込む戦士のような顔つきで声を絞り出した。  いやもう……これから恋人に抱かれるって人の顔じゃないからそれっ!!! 「っ……いいですよ。どうぞっ!」  真樹は、吹き出しそうになるのを必死で(こら)えた。 「は、はいっ……じゃぁ、ちょっと……いってきますっ!!」 「ごゆっくり~」  あ~……これは……初めて抱いた時よりも大変かもしれない……  真樹は、律が転びそうな勢いで階段を駆け下りていく音を聞きながら、そっと苦笑して、ため息を吐いた。   ***

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