68 / 89

ため息の花束 第67話(春海律)

「マスター、昨日は何かあったのかい?」  常連客の『先生』が、(りつ)をチラリと見ながらコーヒーにはちみつを垂らした。 「え!?昨日ですか!?」 「うん、お店休みだっただろう?またゲートボール大会?」 「あ、昨日はちょっと……私用で……」  ゲートボール大会などで出張カフェをするために、店を急に休みにすることは以前からよくあったのだが、そういう時には貼り紙をしている。  でも昨日は……まさかあんなことになるなんて思ってなかったし、貼り紙をする余裕なんてなかった……  先生はほぼ毎日通ってくれている。  恐らく昨日も店に訪れてくれたのだろう……  少し申し訳ない気持ちになった。  律は、これからは休みにするときは貼り紙を忘れないように気を付けよう!!と心に誓った。 ***  昨日……真樹(まさき)に抱かれて気を失った律が目を覚ました時には、もう外は暗くなっていた。  前回よりは身体が楽だったものの、やっぱりすぐには動けなくて、晩御飯は真樹が作ってくれた。  自分で動けるようになってシャワーを浴びたのは、マリアが帰って来るほんの少し前だった…… 「すみません、お風呂に入れてあげたかったんですけど、この足じゃ律さんを抱っこ出来ないので……一応身体拭いてはありますけど……」  目を覚ました律に、真樹は申し訳なさそうにそう言った。  いやいや、申し訳ないのはわたしの方ですしっ!!  また気を失ってたなんて……恥ずかしいっ!!  真樹さんに抱かれると、気持ち良すぎて……途中からはもう真樹さんのこと以外何も考えられなくなって……いつの間にか気を失ってしまう……  最初は自分が受け入れる側だからかと思ったけれど、でも、彼女がいた時は律も一応挿れる側だったわけで……だけど、行為の途中で彼女が気絶するようなことなどなかった……  ん?つまり……わたしってセックスが下手ってこと?  それか、真樹さんが上手過ぎる?……うん、真樹さんはたぶん上手なんだと思う。っていうことは、真樹さんの今までの彼女さんも……気絶してたのかなぁ……    真樹の前の彼女のことなど、知りたくないのに……その部分だけはなぜか無性に気になった。  だって、今までの彼女さんは最中に気絶していないとしたら……わたしはどこかおかしいってことに……  よし、今夜聞いてみよう!! *** 「何か良いことでもあったのかい?」  律が百面相をしていると、先生が話しかけてきた。 「えっ!?どどどうしてですか!?」 「今日はずっと機嫌が良さそうだからね。その顔は……村雨君絡みだね」  先生の言葉にドキッとして、思わず手に持っていたグラスを落とした。  音に驚いて、店内にいる客が一斉にこちらを見る。 「ああああっ!!!あ、えと、すみません、お気になさらず!!ちょっと手が滑りましたああああ!!!」  先生に言い当てられた動揺と、グラスを落としてしまったショックと、お客さんの注目を一斉に浴びたことの焦りで軽くパニックになった。   「おや、マスター大丈夫かい?手切らないように気を付けて!」 「あ、ははははいっ大丈夫です!!」  しゃがみ込んでグラスの破片を片づけながら、必死に気持ちを落ち着かせる。    落ち着け!!焦りすぎだよわたし!!大丈夫、グラス落とすことなんて初めてじゃないし……先生だって、ただ私の機嫌が良いから真樹さん絡みだろうって思っただけなんだろうし……っていうか、なんでわたしこんなに焦ってるの!?  慎重にグラスの破片をつまんでいると、携帯が鳴った。 「ぅにゃぁあっ!!」  携帯の音に驚いて、思わず変な声が出た。  同時に手に持っていた破片を離してしまい、更に細かく砕いてしまった。  ぅわぁああん!!何やってんのぉおお!? 「え!?マスターどうしたんだい!?」 「あああ、大丈夫です!ちょっとあの、破片捨ててきますぅううう!!!」  急いでホウキで破片をかき集めて、逃げるように裏口に向かった――……   ***

ともだちにシェアしよう!