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ため息の花束 第68話(春海律)

 (りつ)は裏口から外に出て破片をガラス用のゴミ箱に入れると、携帯を取り出した。  画面には真樹(まさき)からの着信履歴が残っていた。  ちょっと深呼吸をして、かけ直す。 「あ、もしもし、律さん?今大丈夫ですか?」  真樹の声を聞いた瞬間、ほっとして口元が綻んだ。 「はい、大丈夫です!すみません、すぐに出られなくて……!あの、今、裏に出て来たから――」 「何かあったんですか?」 「え?なななんでですか?」 「ん~……いつもと声の感じが違うから。気のせいだったらすみません」 「いえ、あの……実はさっきちょっとグラスを……落としてしまって……」  自分ではかなり落ち着いていつも通り喋れていると思っていたのに……  でも、声だけで真樹さんが気付いてくれたのが嬉しくてちょっと泣きそうだった。 「え、大丈夫ですか!?ケガとかしてませんか!?」 「あ、それは全然大丈夫です!!でもその……ちょうどお客さんがいっぱいいる時だったので……」 「あぁ……みんなに見られて緊張しちゃいました?」  真樹は律が極度の人見知りで、緊張しやすいことをよく知っている。 「は、はい……それでちょっとだけパニックになっちゃってました……」 「それは大変でしたね……今は大丈夫なんですか?」 「はい、真樹さんの声を聞いたらなんだかほっとして……だいぶ落ち着きました!」 「……そう……ですか」  少し間があった。  真樹さん……呆れてるのかな?  客商売をしてるのに、いまだにそれくらいでパニックになってるなんて情けな――…… 「律さん」 「は、はいっ!?」 「……抱きしめたぃ」  真樹がポツリと呟いた。 「……え?」  本当に小さい声だったので、一瞬聞き間違いかと思った。  今、真樹さん……抱きしめたいって言った? 「はぁ~~もぅ!!何なんですかぁ~!電話越しにそんな可愛いこと言われたら困りますよぉ~~!!」 「え?……え、あの……わたしですか!?」 「俺が可愛いって思うのは律さんしかいませんよ?」 「あ……はい……って、え、わたし何か言いました!?」 「……俺の声で落ち着いたって……」  真樹が少し不貞腐れたようにもじょもじょと呟く。   「あ……あぁ!!はい!真樹さんの声聞くと安心しちゃって……」 「ああああ!!!!待ってっ!!その続きは家に帰ってからお願いします!!」 「……え?」 「今聞くと、今すぐ律さんのところに行きたくなるからっ!!!」 「ぇ……っ~~~~~!!!!」  何なんですかはこっちのセリフですよぉおおおおおおおお!!!!  真樹さんこそ何なんですかぁあああああ!?  だだだ抱きしめたいとか、今すぐ行きたくなるとかああああ!?  そんなこと言われたら……わたしも会いたくなる……っ!!!  律は手で口を押さえてしゃがみ込むと、心の叫びを必死に飲み込んだ。 「コホン、あ~……えと、そういえば真樹さんは何か用があったのでは?」  冷静を装って軽く咳払いをすると、真樹の用件を聞いた。 「え?あぁ、いや、用事っていうか……昨日の今日だから、体調とか心配で……」 「ふぇっ!?……あ、あ~えと、はい!大丈夫ですよ!?」  せっかく気持ちを切り替えようとしたのに、真樹の用件が昨日のことだったとは……   「身体辛くないですか?」 「だだだ大丈夫ですっ!!あの……前の時よりも全然……たぶん前の時は緊張しすぎて余計なところに力が入ってたのかなって……」 「あぁ、まぁそれはあると思いますけど」  本当に、初めての時よりはだいぶマシだ。  緊張はしたけれど、前みたいな未知の恐怖感がない分、精神的にも余裕があったのだと思う。 「と、とにかく、わたしは元気ですよ!!」 「それならいいですけど。でもあんまり無理しないで下さいね」 「はい!ありがとうございます!あ、あの……」 「ん?」 「真樹さんも、あんまり無理しないで下さいね?」 「俺そんなに腰弱くないですよ?」 「違っ!!そういう意味じゃなくてっ!!」 「はは、わかってますよ。それと、今日はちょっと早めに帰れると思います」 「そうなんですか!?良かった!」 「はい。あぁ、律さん」 「なんですか?」 「みんなの注目を集めた時は、その人たちの顔を全部俺の顔だと思って見たらどうですか?」 「え、真樹さんの顔ですか?」  真樹に言われて、先ほどグラスを割った時のことを思い出す。  律を見ていたお客さんの顔を全部真樹の顔にしてみると…… 「いやいやいや、ダメですよそれ!!真樹さんの顔がいっぱいとか、そんなの余計に緊張しちゃいますよぉおおおお!?」 「ははは、じゃあ、俺の顔がいっぱいよりはマシって思えばいいんじゃないですか?」 「え~?もぅ、真樹さんめちゃくちゃ過ぎですよぉ~……あははは」  真樹の笑い声につられて、律も笑う。 「……ちょっとは元気出ました?」  急に真樹の声のトーンが変わった。優しい響きに一瞬胸がときめいた。   「……え?あ、はい!!」 「良かった。それじゃ、また夜に」 「はい!また夜に!」  また夜に……会える!  ふふ……と微笑むと携帯を胸に抱きしめた。  幼馴染の理恵(りえ)には、半同棲状態なのに何をいまさらそんなことで喜んでいるのかと笑われそうだが、あくまで真樹とは同棲状態なのだ。  いつまた真樹が自分の家に帰ると言うかわからない。  今は律の家(ここ)は真樹の家じゃない。  真樹が向こうに帰ると言えば、律に止める権利はないのだ。  だから、朝家を出る時や、こうやって電話で、今夜も律の家(ここ)に帰って来ると言い切ってくれると、安心する。  ちゃんと一緒に住めるようになれば、こんな不安もなくなるのかな…… 「わっぷ……」  センチメンタルな気分に陥っているところに突然の春の嵐で思わず顔を顰めた。  律は急いで店内に戻ると、乱れた髪を直しながら真樹の顔を思い浮かべて気合を入れ直した。 ***  

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