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ため息の花束 第69話(村雨真樹)

「おい、何ボーっとしてんだ?」 「あぁ、先輩、お疲れ様です。いや、(りつ)さんに電話してたところで……」  律との電話の後、その場に立ち尽くしていた真樹に声をかけて来たのは、休憩帰りの先輩だった。   「何かあったのか?」 「はい……」 「え、どうした!?」 「俺の律さんがどんどん可愛くなっていくんですけど、どうしたらいいですかね……」 「……なんだ、ただの惚気か。そんな深刻な顔してるから何事かと思ったじゃねぇかよ!!はいはい、良かったな~」 「俺にとってはめちゃくちゃ深刻ですよっ!!」 「なんでだよ!?可愛くなってるならいいじゃねぇか。仲が良いってことだろ?」 「だって……あんなに可愛かったら……誰かに襲われちゃうかもっ!!」 「……村雨……おまえ、忘れてるかもしれないけど、春海さんはいくら可愛くても一応男だからな?」  先輩が心底呆れた顔で真樹を見る。 「わかってますよっ!!でも、男でもあんなに可愛かったら狙われそうじゃないですかっ!!」  っていうか、ご近所の常連さんがほとんどとは言え、たまには若い客もいるんだし……お客さんに告白されたりとか……あ、そういや律さん、女の子たちにはしょっちゅう告白されてたな…… 「確かに、男でも春海さんは可愛いとは思うが……」 「手出さないで下さいよっ!?先輩には絶対に渡しませんからね!?」 「出さねぇよっ!!そりゃ可愛いとは思うけど、俺は彼氏持ちに手出すような無粋なことはしませんっ!!」 「だって、俺に黙って勝手に律さんと連絡取ってたじゃないですかぁ~!」 「だから、それはおまえのためだろうがっ!!必要以上に連絡取ったりしてねぇよっ!!あ~もぅ!おまえウザい!!そんなに嫉妬深かったか!?」 「いや……こんなに嫉妬するのは……律さんが初めてです」 「はぁ……嫉妬するくらい好きってことなんだろうけど、程々にしておかないと春海さんに呆れられるぞ?」 「ええ!?……それはヤダ……」 「ま、程々にな。ところで、おまえそろそろギブス外れるんじゃねぇの?」  先輩がちょっと苦笑して、話を変えた。 「あぁ、一応明日。まぁ、あくまで予定ですけど……」 「全然養生してねぇからなぁ~……っていうか、ギブス外したらしばらく歩くのキツイだろ。どうすんだ?」 「とりあえず、俺がリハビリしてる間は、新人に一人で外回り行かせてみようかと。そのつもりでちゃんと教えてありますし、これでちゃんと出来たら一人立ちも早々に出来るってことだし?」 「おまえのとこのは優秀だから大丈夫だろうけどな。まぁ、およそ一ヶ月か……おまえの時はほぼ一年かかったからなぁ~……いやぁ~手がかかった……」    先輩が芝居がかった仕草で遠くを見る目をした。 「その節はドウモオセワニナリマシター」 「棒読みだなおい」 「いやいや、本当に、先輩には感謝してますよ?おかげで今もここで仕事できてるわけですし」  雨の日になると具合が悪くなっていた真樹にとって、天候に関係なく出歩かなければいけない営業はかなり厳しい。  この仕事を続けていくのは無理かもしれないと思ったこともあった。  それをいまだに続けられているのは、教育係だった先輩がいろいろとフォローしてくれたおかげだ。 「優秀なおまえに辞められたら、俺らの方が困るからな。後輩をフォローするのは先輩として当たり前だ。ま、ちょっと甘やかしすぎて生意気になっちまったけどな。新人の時はあんなに可愛かったのにな~……」 「そりゃ、最初くらいはネコ被らないと!ちゃんと先輩にも礼儀正しく――」 「……いや、ねぇな。おまえは最初からくそ生意気だったわ」 「うそっ!?俺可愛かったでしょう!?」 「いや、全然?……おかげで、おまえに比べたら他の新人が可愛くて仕方ねぇよ」 「ひどっ!」  面倒見がいい先輩は、長年教育係をしている。  他の人間が匙を投げるような問題児でも、先輩が面倒を見ればそれなりに使えるようになって、ちゃんと社会人としてやっていけている。  教育期間が終わった後も、何かと面倒を見てくれるので、いまだに先輩に懐いている後輩は多い。  そういう後輩たちは、社内では密かに『こぐま組』と呼ばれているらしい。  真樹はそのうちの一人でしかないのだが、周囲からは真樹は特別扱いされているとよく羨ましがられる。  特別扱いねぇ……まぁ、仲は良いと思うけど。 「ま、とにかくギブスが外れたらしばらくは使い物にならないんで、またフォローよろしくお願いしまーす!」 「何で俺は新人でもねぇおまえの面倒まで見てやってんだか……」 「俺じゃなくて、俺のところの新人の面倒を見てやって欲しいんですよ。あいつがやらかした時に俺はすぐにすっとんで行ってやれないんで……」 「わかってるよ。そん時は任せとけ!」  先輩がニカッと笑って真樹の頬を軽くペチペチと叩いた――   ***

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