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ため息の花束 第70話(春海律)
「律 ~!これ何て読むの?」
「ん?あぁ、これは――」
先ほどからマリアは今日出された課題とにらめっこをしている。
日常生活に困らない程度の日本語は取得しているとは言え、教科書などに書かれている日本語は専門的なものも多く、理解をするのは大変そうだ。
今までは大学で出来た友人たちと勉強会とやらをしていたらしいのだが、今回は友人たちはどうしても外せない用事があるので勉強会は出来ないと言われたらしい。
「サーヤの友達と一緒に、ご飯食べるって。女と男の数が決まってるから、私はダメって」
うん、それきっと合コンってやつですね。
マリアが呼ばれなかったのは、きっとマリアが行くと注目を集めてしまうからだろうと思う。
身内の欲目だけでなく、客観的に見てもマリアは美人だ。
外人というだけでも目立つのに、その上、美人で性格も明るくて可愛いときたら……モテないわけがない。
ただ、マリア自身は、何だかんだで律のことを未だに諦めてはいないらしく、他の男には興味がないらしい……
律としては少し複雑だけれど、おかげで今のところ変な男に騙される心配はなさそうだ。
マリアにもきっとこれから先、良い出会いがたくさんあるはず。
その中には、マリアにとって律以上に心から愛しいと思える相手も……
そんなことを思いつつ、教科書を相手に英語で文句を言っているマリアを見て苦笑した。
***
「おかえりなさい!お疲れ様です!」
「ただいまです!律さんもお疲れ様です」
仕事から帰って来た真樹 が、玄関で出迎えた律を抱きしめた。
「今日はもうマリア帰ってるんですか?」
「はい、今日はいつもの友達は合コンがあるらしくて……」
「……マリアは呼ばれなかったんですか?」
「人数オーバーだそうです」
「はは、まぁ、マリアが出たら他の子たちは面白くないでしょうね」
真樹もマリアが呼ばれない理由はすぐにピンと来たようだ。
「じゃあ、ここで渡しておこうかな」
「え?」
「ちょっと待って下さいね」
真樹が玄関を開けて一旦外に出ると、もう一度入って来た。
手には花束を持って。
「はい、律さんにプレゼント」
「え、わたしに!?え、あの……今日何かありましたっけ?」
驚き過ぎて、思わずマヌケな質問をしてしまった。
いや、先にお礼言わなきゃでしょう!?
真樹から花を貰うのは二回目だ。
前回は看病したお礼と、バレンタインを兼ねてのプレゼントだったけれど……
今回はイベントはなかったはずだし……
「何もないですよ?ただ、律さんにプレゼントしたいなって思ったんです」
真樹が靴を脱いで先に立って中に入って行こうとした。
え、何でもないけど……プレゼント?
わたしに……?
「……あ、ありがとうございます……」
「あれ……?もしかして、この花嫌いでした?」
律が俯いて花束に顔を埋めるようにして固まったので、真樹がちょっと不安そうに律を覗き込んだ。
律は辛うじて笑顔を作ると、頭を小さく横に振った。
声を出したら泣いてしまいそうだった。
嫌いなわけないじゃないですか……っ!
嬉しい……
特にイベントでもないのにプレゼントを貰うのは初めてだし、その理由が、わたしにただプレゼントしたいなと思ったって……
「あ~……えっと、あのね、一応理由はあってね?」
律が俯いているので怒っていると思ったのか真樹が若干慌てた。
「ぇ……?」
「ため息のせいなんですよ……って、それじゃわからないですよね、え~と、あ、とりあえず部屋行きませんか?」
真樹に言われて、律もまだここは玄関だったことを思い出した。
***
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