74 / 89
羨望と嫉妬 第73話(春海律)
「今日、帰るの遅くなりそうです」
真樹 からそう電話があったのは、夕方。
真樹が教育係をしている新人さんが、ちょっとやらかしたらしい。
何をやらかしたのか詳しいことは律が聞いたところでわからないので、聞かなかった。
真樹は少し前にギブスを外した。
ギブスをしていたせいで筋力が落ちているので、しばらくはリハビリが必要だ。
とてもじゃないが外回りは出来ないので、その間は新人さんが一人で外回りに出ることになった。
以前聞いた話では、真樹の担当している新人さんはとても優秀らしい。
覚えもいいし、人当たりもいい。
だから、安心して任せられると。
その新人さんがやらかしたって一体どういうことなんだろう……
っていうか、何をしたのかはわからないけど、まだ教育期間中?なのだから、その人がやらかしたということは、教育係だった真樹さんの責任になるってことだよね……
新人に一人で行かせる判断をしたのは真樹だ。
上司とも話し合ったとは言ってたけど……真樹さん一人だけのせいにされたりなんかしないよね……?
「り~つ!どうしたの?変な顔してるよ~!?」
「え?あぁ……いえ、何でもないですよ。それよりマリア、レポートは終わったんですか?」
「出来たよー!今日のレポートは英語OKだから簡単よ!日本語で書くのは大変」
「そうですか。じゃあ、晩御飯一緒に作りましょうか!」
「OK!」
律 がここでいくら心配したところで、仕方がないことだ。
真樹が帰って来たら聞けばいい。
律は気持ちを切り替えると、マリアと一緒に晩御飯を作り始めた。
***
「律さん、ちょっと店借りてもいいですか?」
「え?はい、いいですけど……」
律がヤキモキしながら真樹の帰りを待っていると、真樹から電話がかかってきた。
「いやぁ、すみませんね。こんな夜更けに」
店の鍵を開けに下りていくと、熊田先輩が律に頭を下げた。
熊田先輩の後ろに、若い男の子が少し不貞腐れた顔で立っていた。
彼が新人さんなのかな……
「いえ、全然大丈夫ですよ」
「すみません、律さん。他の店だと……ゆっくり話ができないので……」
真樹が申し訳なさそうに眉を下げた。
「気にしないで下さい。あ、奥の方のテーブル使って貰えますか?そこなら灯りを調整できるし、外からもあまり見えないですし。え~と、後、真樹さんちょっといいですか?」
「え?」
「上のコーヒーメーカー取りに来てください。そうしたら温かいコーヒー飲めるでしょ?」
店にいるときは本格的なコーヒーを出しているけれど、住居の方では簡単なドリップコーヒーも飲む。
「あぁ、わかりました。じゃあ、ちょっと取ってきます」
真樹が熊田先輩に声をかけて、律と一緒に2階に上がって来た。
「本当にすみません、こんな時間に……」
「わたしは構いませんよ。え~と、コーヒーメーカーと……おつまみこれでいいですか?」
「はい!おつまみまですみませんっ!!」
「マリアと食べてた残りの豆菓子で申し訳ないですが……」
小袋に分かれている豆菓子を菓子鉢に入れる。
「いやいや、全然大丈夫です!」
「話し合い長くなりそうなんですか?」
「ん~……いや、詳しい話を聞けてないので……とりあえず、上がいないところの方が話しやすいかなって」
「あんまり遅くなるようなら、泊まっていって貰って大丈夫ですよ?マリアの隣の部屋も使えますし、ソファーでもいいし……」
「はい、ありがとうございます。様子を見てもしかしたら……泊まらせて貰うかもしれません……」
「真樹さん……?」
「はい?」
「いえ、何でもないです。それじゃわたし先に寝させて貰いますね」
「あ、はい!先に休んでください!」
コーヒーメーカーを持った真樹の後ろを菓子鉢を持ってついて下りる。
テーブルに菓子鉢を置いて、コーヒーカップを用意し、先に上に戻った。
真樹さん……完全に口調が戻っちゃってたな……
最近はだいぶ律と話す時に堅苦しさが抜けて恋人っぽくなってきていたのに、さっきの真樹は完全に以前の他人行儀な話し方になっていた。
それに……二人っきりになっても、指一本触れて来なかった。
それだけ深刻なのかな……
一応ベッドに横になったものの、どんな話し合いをしているのか気になってなかなか寝付けなかった――……
***
ともだちにシェアしよう!