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ため息の花束 第72話(春海律)
あ、でも……
律はふと気になって、顔をあげた。
「あの……どうしてこの花を?」
「え?いや、何となく可愛いな~と思ったからですけど……」
「ふ……ふふ、そうですか……」
何となくでこの花を選んだのか……そっか……まぁ、そうだよね。
何となくでもこの花を見て、律にプレゼントしたいと思ってくれたことが嬉しくて顔が綻んだ。
「……律さん?」
律がクスクスと笑い出したので、真樹が困惑しながら起き上がった。
「ありがとうございます!凄く嬉しいです!」
「本当?無理してませんか?」
「無理してませんよっ!!わたし、このお花大好きですっ!!さっき聞いたのは、この花の花言葉が……あ、いえ……あの、とっても可愛いお花ですよね!!」
花言葉などいちいち気にして買う人は少ないだろう……特に男性は。
愛する人にはバラの花を贈れば間違いはないし、それ以外はだいたい花屋さんにお任せすれば可愛いブーケを作ってくれる。
律だって、花言葉に詳しいわけではない。
律がこの花の花言葉を知っていたのは……昔祖父が、祖母に贈っているのを見たことがあるからだ。
「花言葉?……あ゛……そういえば花言葉とか言うのがあったんでしたっけ!?え、ちょっと待って……もしかして、その花の花言葉って何か悪いイメージのだったり……?」
真樹がしまったっ!という風にちょっと顔を顰めて、恐る恐る律の顔を見た。
「いえいえ、逆ですよ。この花の花言葉はね?――……」
律が花言葉を言うと、真樹が少し驚いた顔をして、満面の笑みを浮かべた。
「そっか。じゃあ、俺がその花を選んだのは、必然ですね」
「たまたまでしょう?」
「いや、でもその花に呼ばれた気がしたんですよ!だから、たまたまじゃないですって!」
真樹がちょっと興奮気味に瞳を輝かせた。
「花に……ですか?」
「はい!だって、その花を見た時に、律さんの顔が浮かんだから」
「わたしの顔ですか?……ふふ、ありがとうございます」
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
「んん゛っ!! Can I bother you for a few minutes ?」
真樹の顔が近付いてきたと思った瞬間、ノックの音と共に恨めしそうなマリアの声がした。
その声に、一瞬ギクリとする。
そういえば、マリアのこと忘れてた……
律を見つめていた真樹が、苦笑いをして背後を窺うようにチラッと視線を横に流した。
律からは入口がよく見える。
マリアがドアを少し開けて覗いているのが目に入った。
二人がなかなかリビングに来ないので様子を見に来たのだろう。
「あ……」
マリアに何か言わなきゃと思うのに、頭の中がパニクってしまって言葉が出てこなかった。
マリアの前でも軽くハグをすることはあったけれど、最近はマリアの帰りが遅かったので、二人でイチャイチャする時にマリアのことを気にすることがなかったのだ。
真樹とマリアを交互に見る。
どうしようっ!?
***
「We are in the middle of something .Can you wait for a while? 」
真樹は焦る素振りもなく、振り返りもせずに背後に軽く手を振ってそう言うと、律ににっこり笑いかけて、口唇を重ねながら押し倒して来た。
ちょっ!?
マリアには見えないように、律に覆いかぶさって絶妙に隠してくれている。
それはありがたいけど……でもあの……ちょっと激しっ……
「んっ……は……ぁっ……」
律は「キャッ!」とマリアが小さく悲鳴を上げてパタパタと部屋から遠ざかって行くのを聞きながら、無意識に真樹の服を掴んでいた。
抱きつきたいけれど、花束があるので抱きつけない。
真樹がそれに気づいて花束を押しつぶさないようにそっと横に置いた。
それから、律の息継ぎのために少し口唇を離すと、ペロッと舌を出して笑った。
「もぅ、真樹さんってば!!マリアが……」
律が照れ隠しにちょっと真樹を非難するような顔をしてみせたが、真樹は笑いながら「すみません」と口先だけで謝り、
「でも……マリア向こう行ったし、もうちょっとだけいいですか?」
と律に向かってまた無邪気な笑顔を見せた。
「……~~~~っちょ……っとだけ……ですよ……?」
この後、マリアの前でどんな顔をすればいいのかわからない……
でも、そんなことどうでもよくなるくらい真樹の悪戯っぽい笑顔に弱いということを自覚した律だった――……
***
あなたへの想いを込めたため息を、一つ一つかき集めて花束にしてあなたに届けたい。
離れている間、どれだけあなたのことを想っているのか、どんな気持ちで過ごしているのか、その花の数だけわたしの愛を感じてほしい――
な~んてね?
真樹さんがわたしに選んでくれた花の名前は『ルピナス』
花言葉は……
『いつも幸せ』『あなたは私の安らぎ』
わたしも……あなたといられていつも幸せですよ!
***
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