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羨望と嫉妬 第74話(村雨真樹)

「それで?どうしてこんなことになった?」  先輩が、問題の後輩、山野(やまの)に優しく声をかけた。  本人は優しく声をかけているつもりなのだろうが、傍から見ると完全に脅しているようにしか見えない。  先輩に慣れていない山野がビクッと怯えたところを見ると、山野も優しく声をかけられたとは思っていないようだ。 「先方からは、理由はおまえに聞けの一点張りだったんだ。何か心当たりあるのか?」 「……」  山野が下を向いて口元をギュッと結んだ。    言いたくない……って感じか? ***  今日の昼間、真樹が担当している病院の院長から急にうちの薬の取り扱いを辞めると連絡が来た。  普段はそんなに気難しい人ではないはずなのだが、一体何があったのか理由を聞いても、新人に聞けの一点張りで、一方的に電話を切ってしまった。  運が悪いことに、その電話を受けたのが上司だった。  真樹が受けていれば何とか先に手を打てたのだが、上司が受けたものだからどうしようもなかった。  まず教育係の真樹と、そのフォローに入っている先輩が呼び出されたが、二人とも心当たりがない。  そこで、外回りから帰って来た山野を捕まえて問い質そうとしたのだが、ずっとこの調子で一言も喋ろうとしない。  上がいると話し辛い内容なのかと思い、ブチ切れている上司を宥めて、とりあえず三人で話しをさせてくれとお願いをして、今に至るわけだが…… 「あのな、山野。おまえはまだ新人だ。ミスすることなんて誰にでもある。それをフォローするのが俺ら先輩の仕事なの。だけど、何をミスしたのかがわからないとフォローの仕様がないだろう?上の前だと言い辛いかと思ってここに連れて来たんだから、せめて何があったのかくらいは――」 「二股……」 「ん?」 「二股かけました」  ようやく山野が喋った。  真樹は先輩と目配せをして、とりあえず真樹が話を進めることにした。 「それで?相手は?」 「院長の娘さんと……もう一人は街でナンパした子です」 「……うん、そうか。で、なんでそんなことした?」 「……いの……っ」  山野は俯いて、膝の上で手をギュッと握りしめた。 「ん?」 「先輩のせいですよっ!!!」  山野が絞り出すように叫んだ。  真樹は思わず先輩を見た。 「え?ちょ……先輩!何やったんすか!?」 「はっ!?俺は何にもしてねぇよ!!っつーか、俺まだ山野とはほとんど喋ったことねぇしっ!?」 「村雨先輩ですよっ!!」  真樹が先輩と小声で話していると、見かねた山野がハッキリと名指ししてきた。  まさかの、俺の名を。 「はっ!?俺っ!?何で!?」 「だって……」 「俺が何したって!?そりゃ確かに、最初から足ケガしててお前にはいろいろと迷惑かけたけども……」 「あ~もうっ!村雨(うる)せぇっ!いいから続き聞いてやれよ」 「ぅっ……はい、すみません……続きどうぞ」  熊田(くまだ)先輩は容姿や話し方が怖いので、新人は先輩に慣れるまではいろいろと誤解してしまうことが多々ある。  実際、熊田先輩が怖いから仕事を辞めたいと言う新人が毎年数名いるのだ。  なので、山野が「先輩のせい」と言った時、また熊田先輩絡みかと思ってしまったのは仕方がないことなのだ。  そんなこともあって、まさか自分のせいだと言われるとは思ってもいなかったので、真樹は若干動揺していた。  だって、俺のせいって……俺そんなにキツイ言い方とかしてないはずだし……いや、ちょっと待てよ!?  山野の言い方だと、二股した理由が俺のせいってことだよな!?  なんで二股の理由が俺になるんだ……!?  益々わからない――…… ***

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