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羨望と嫉妬 第75話(村雨真樹)
「……俺って、学生の頃から、勉強もできるし、スポーツもそこそこできるし、この見た目だから、モテたんですよね」
山野がボソボソと話し始めた。
「お?おう……そう……なんだ?」
え、俺は今何を聞かされてんの?自慢?
「この仕事選んだのは、まぁ、興味があったっていうのもありますけど、営業だと看護師さんとか受付とかで女の子と知り合う機会も多いじゃないですか?そういう子たちと合コンとかしたいなって思って……なのに、実際働き始めると……どこに行っても女の子たちは「村雨さん、村雨さん」って……俺のことは「新人さん」で、名前さえ呼んで貰えない。俺だけで回るようになっても、二言目には「今日は村雨さんいないの?」って……」
「……あぁ……それは……」
確かに、真樹も訪問先ではモテる。
幅広い年代の女性に。
ただ、それは真樹に限ったことではなく、営業は大抵、相手の心を掴むのが上手い。
それはこの熊田先輩だってそうだ。
だから、自分の担当しているところでモテるのは、当たり前と言えば当たり前で、むしろ訪問先で嫌われているようでは仕事にならない。
山野のこのどこから来るのかわからない自信も、営業としてはプラスになっていると思う。
思う……が……?
「そりゃ確かに村雨先輩はわりと男前かもしれないですけど、俺の方が若いし、カッコいいし……!!」
「あのさ、ちょっといいか?俺とおまえどっちがカッコいいとかそんな話よりも、今はおまえがどうして二股したのかって話を……」
「だからっ!!院長の娘をゲットすれば、俺の勝ちじゃないですか!?それで、口説き落として付き合ってたんですけど、なんかイマイチだったんで、思わず他の子に手出しちゃったんすよね……上手く隠してたんですけど、たまたま街でデートしてたら鉢合わせしちゃって、浮気がバレて……で、たぶんそれが院長にもバレたんじゃないかと……」
「……ん~……?」
勝ち?え、何が?山野は一体何を言ってんだ?
真樹は頭をフル回転させて考えてみたが、残念ながら理解の範疇 を超えていたので助けを求めて熊田先輩を見た。
熊田先輩が、仕方ねぇなという顔をして額をポリポリと掻くと、ため息を吐きつつ後を引き取ってくれた。
「なぁ、山野。俺らはぶっちゃけおまえの恋愛には興味ない。どうこう言うつもりもない。院長の娘さんだってもういい大人だし、ちゃんと付き合ってたんなら二人の問題だ。仕事についてはこっちでどうにかする。でもおまえ、な~んか、まだ隠してるだろ?今話したのが全部か?」
「え?……ぜ、全部ですよっ!!」
「いいや違うね。もうこの際だ、ちゃんと全部吐いちまえよ」
「……」
山野が俯いて、キュッと眉間に皺を寄せた。
「つまり、おまえは村雨に嫉妬してるわけだろ?」
「……はい?山野が俺に嫉妬?」
黙って聞いているつもりだったが、先輩の言葉に思わず割り込んでしまった。
「おまえ……さっきの山野の話聞いててわかんなかったのかよ」
「え?だから、うちに入ったのはモテたいからってことでしょ?でも訪問先では俺の名前ばかり出て自分の名前は覚えて貰えないと。でも、俺の担当先なんだから、俺の名前が出るのは当たり前だし、そもそもまだ山野は入社して日が浅いんだし……それに別に山野が俺に嫉妬してるなんて言ってなかったですよ?」
「あ~もう!おまえは本当に……」
熊田先輩が呆れたように額にペチンと手を当てた。
「は……ははっ……そういうとこですよっ!!ホント俺、村雨先輩のそういうとこ……大嫌いっすっ!!」
「ええっ!?」
真樹は、基本的に他人の目を気にしない。
好かれようが嫌われようがどうでもいい。
担当先でも、仕事だから愛想よくしているだけで、山野のようにモテたくて愛想笑いをしているわけではない。
だから、女の子からの誘いも自分が面倒だと思ったらバッサリ断って来た。
真樹にとって何よりも怖いのは、律に嫌われることだけだ。
ただ、そうはいっても、気合を入れて優しく丁寧に育てていたつもりの後輩に大嫌いと言われるとは思っていなかったので、かなりショックを受けた。
俺、そんな嫌われるようなことした!?
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