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羨望と嫉妬 第76話(村雨真樹)
「俺、教育係が発表になった時に、俺の教育担当はうちの会社の若手有望株だって聞いて……その人を追い抜けば俺が若手トップってことでしょ?それならさっさと打ち負かしてやろうと思って俄然 やる気になってたのに、どんなスゴイ人なのかと期待してたら、当の本人は足ケガしててただの役立たずだし、一緒について回ってもヘラヘラ笑ってるだけで先方にほとんど自社製品のアピールもしようとしないし、会社に戻ったらボーっとしてて全然トップには見えないし……」
散々な言われようだな、おい……
う~ん……ボーっとしてる時はたいてい律 さんのこと考えてる時だな……
誰にも見られてないと思ってたのに……気を付けよう……
「それなのに、社内でも訪問先でもやたら人気あるし、ケガしてるくせにめちゃくちゃ歩くし、仕事量半端ないのにサラッとこなすし、俺のフォローも完璧にしてくれるし、ボーっとしてるくせに社内試験トップ取るし……」
んん?
「ズルいんっスよ……俺が必死になってんのに、先輩は軽々とトップ取ってるんスもん……女の子にもモテるくせに、恋人がいるからっていっつも誘いはきっぱり断るし……やることなすことカッコ良すぎなんスよ……そんなのズルい……」
あれ?俺って山野 に……嫌われてるの?それとも……
「院長の娘のさゆりちゃんは、俺の名前をちゃんと覚えてくれて、いつも名前で呼んでくれて……頑張ってって励ましてくれて……俺、マジで好きだったのに……俺一人で回るようになってからは、デートの時もずっと『村雨さんの足は大丈夫なの?元気なのかなぁ?』ってやたらと先輩のことばっかり聞いてきて……そしたら、受付の佐東 さんから、さゆりちゃんも前から村雨先輩のことがめちゃくちゃ好きだったって聞いて……俺と付き合ったのも、村雨先輩に恋人ができてフラれたからだってわかったから……なんか……俺先輩の代わりかよって思ったら虚しくなって……っ」
「……えっと……それで二股かけたのか……?」
「そうっすよっ!!だから先輩のせいなんです!!全部先輩が悪いんだぁああああああああ!!!」
山野がテーブルに突っ伏して泣き出した。
「え、それで俺のせい!?あ~……えっと……なんか……ごめんなさい!?」
話の内容が意外だった上に、山野に泣かれてプチパニックになった真樹は、とりあえず謝ってみた。
「いや、別に村雨は悪くねぇだろ。ちょっと落ち着けよ」
熊田先輩が呆れたように真樹 の後頭部を軽くペチンと叩いた。
「え、俺は悪くないんです!?どういうことですか!?」
「結局、惚れた相手が以前おまえのことが好きだったって言うのを聞いて、おまえと比べられるのが嫌で二股したってことだろ」
「いや、でも俺、別にさゆりさんに告白とかされてませんけど!?数回飲み会に誘われたことはあるけど、恋人いるからって断ってたし……って、え、それがフッたってことになるの?」
一人だけ状況についていけてない真樹は、熊田先輩と山野を交互に見た。
「まぁ、あれだ……とりあえず、村雨は悪くねぇよ」
「え、あ、はい……?」
「山野~、聞いてっか~?村雨のせいにしたい気持ちはわかるけど、村雨は何も悪くねぇよな?どう考えても、おまえが勝手に嫉妬して浮気したんだから、おまえが悪いだろうよ?」
「ぅうう゛~~!ぜんぶぁいがばぁるい゛ ~~っっ!!!」
ヤケになっているのかもしれないが、それでも熊田先輩に言い返せるのはある意味評価に値すると思う。
いや~俺だって、さすがに新人の頃は先輩に言い返すなんてことできやしなかったからなぁ……うん、たぶん。
「ああ゛~?……ったく、おまえは子どもかよっ!!人のせいにしてないで、ちゃんと自分を見つめ直せっ!そもそも、まだ一人で外回りも出来ねぇひよっこが、村雨に勝てるわけねぇだろうがっ!――」
熊田先輩が言い聞かせる声と、山野の号泣する声が静かな店内にやけに響く。
そんな二人を横目に、真樹は天井を見上げた。
あ~……律さん眠れてるかなぁ……これ絶対上にも聞こえてるよな~……
マリアのいる3階まではさすがに聞こえ……てるか。
「あの、二人とも、もう夜中だから声抑えて!!上で律さんたちが寝てるからっ!!」
「あ、すまん」
真樹が声を抑えながら二人に言うと、先輩が慌てて自分の口を押さえた。
「ヴぁああああ゛~~ん!!」
そんな先輩とは逆に、山野は更に泣き声を大きくした。
自称カッコいい山野の顔面は、鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「おい、山野!!おまえももうちょっと声落として……っていうか、泣き過ぎだろおまえ~~……!!」
先輩は山野の泣き顔を見て大きなため息を吐くと、困ったように顔を顰 めた。
真樹にはそれが困っている表情だとわかるが、知らない人からすれば睨みつけているようにしか見えない表情だ。
「だっでええええ~~!!わがれだぐない゛ ~~~っ!!」
「はぁ~!?」
どうやらタガが外れて感情のコントロールができなくなっているらしい山野が、泣きながら声を絞り出した。
その言葉を聞いた真樹は、熊田先輩と顔を見合わせた。
山野から少し離れて二人で顔を寄せる。
「先輩、俺思うんですけど……なんだかんだ言ってましたけど、あいつ実は浮気してないんじゃ……」
「おまえもそう思う?俺も……浮気っつーのはフェイクか、誤解か……あいつどう見てもさゆりさんにべた惚れじゃねぇか!」
「ですよね?ということは――……」
その時、2階に続くドアが遠慮がちに開いて、律がソロリと顔を覗かせた――
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