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羨望と嫉妬 第77話(村雨真樹)
「律さん!!」
真樹は急いでドアまで行くと、律を押し戻しながら一緒に中に入った。
さすがに山野も、ガチ泣きしているところを見ず知らずの律に見られるのは不本意だろうと思ったからだ……
「どうしたんですか?」
「あ、あの……すみません、邪魔をするつもりはなかったんですけど……えと……その、ちょっと声が聞こえてきたので……大丈夫ですか?」
律が少し俯いて視線を泳がせながら聞いてきた。
「あ~……やっぱり聞こえてましたか……すみません、あんなにうるさいと眠れないですよね……」
「あ、それは全然……大丈夫ですけど……あ、これタオル……良かったら……」
「ありがとうございます。……ところで律さん、ちょっといい?」
「ぇ?」
真樹はタオルを受け取ると律を軽く抱きしめた。
先ほどから、律の様子が気になっていたのだ。
案の定、少し身体が震えていた。
「律さん、先に部屋に戻って待っててください。俺もすぐ行くから」
そう言うと真樹は店に戻り、山野にタオルを渡しながら先輩に耳打ちをした。
「先輩、後は任せていいですか?俺がいると山野がいつまでたっても泣き止まなさそうだし、ある程度泣いて落ち着いたところで、さっきのこと聞いてみてください。俺ちょっと上に行ってきます。何かあれば携帯にかけてきてください」
「お?あぁ、わかった」
先輩は特に理由を聞くこともなく、あっさりと頷いた。
山野のことは先輩に任せておけば安心だ。
本来は教育係である真樹がちゃんと面倒を見なければいけないのだが、今回の場合は山野の号泣の原因が真樹への嫉妬?らしいので、真樹が下手に刺激しない方がいいだろう。
それに……
***
「律さん、お待たせ」
真樹は2階に上がると、律の部屋に入った。
「あ、はい……あの……?」
「ん?」
ベッドに腰かけている律の隣に座って、律を抱き寄せた。
「え、あの、真樹さん?」
「なんですか?」
「あああの、なんで……?」
律が戸惑いながら真樹を見上げた。
「え、ダメですか?」
「ダメではないですけどっ!!でもあの……後輩さんの話は……?」
「あ~、うん……あっちは先輩に任せてきたので大丈夫です」
「任せてきたって……でも真樹さんの後輩なんじゃ……」
「それが……ちょっと面倒なことになってて、俺がいると余計にややこしくなりそうだったので、先輩に任せました。それに、今は律さんの方が心配だから」
真樹はちょっと苦笑いをすると、律の頬を撫でた。
「わたし……ですか?」
「はい……怖い夢でも見た?それとも、泣いてる山野に共感しちゃいました?」
「え、なんでそれを……あっ!」
律が急いで口を押さえた。
いやいや、別に隠さなくてもわかってるし。
真樹が一緒に寝るようになってからは、律が夢を見て泣くことは減って来ている。
それでもまだたまに魘 されていることがあるのだ。
多分、今日は一人で寝たから……
「そんなの、律さんの顔を見ればわかりますよ。それにちょうど様子を見に行こうと思ってたところだったんです」
「……そう……なんですか?」
「そうなんですよ」
真樹が微笑むと律が一瞬ほっとした顔をした。
「すみません、俺がこんな遅い時間に連れて来ちゃったから……」
「真樹さんのせいじゃないですよっ!?わたしがちょっと……油断しちゃってただけで……」
油断って……
共感力が強いので、起きている間は他人の感情にあまり共感しないよう壁を作っている律だが、それは自分で意識して作っているので、睡眠時など自分で意識できない状態の時には影響を受けやすい。
「それこそ律さんのせいじゃないでしょ。まぁ、とにかく下のことは気にしなくていいですから、もう力抜いていいですよ」
「……はぃ……っ」
真樹の言葉に、涙を堪えていた律がふっと身体の力を抜いて真樹の胸に顔を埋めた。
肩を震わせすすり泣く律を抱きしめて背中を軽く撫でる。
号泣している山野に共感したと言っても、律まで号泣するわけではないらしい。
少しほっとしたが、律の気持ちが不本意に乱されたことには変わりない。
やっぱり……先輩の家にでも行けば良かったかなぁ~……
いきなり先輩の家に連れ込まれるよりは、こういう場所の方が山野も喋りやすいだろうと思ったんだけど……
居酒屋に行かなかったのは、酒が入るとちゃんとした話し合いができないからだ。
先輩は酒に弱いし、山野に至っては酒を呑んだ時にどうなるかまだ把握できていない。
そんな状態でこの大事な話をするのは危険すぎる。
そういうことは考えた……それなのに……
強気な山野があんなに泣くのは予想外だったが、少なからず感情的になるであろうことは予想できたはずなのに、安易にこんな深夜にここに連れてきてしまったことを後悔していた。
はぁ……ホント山野の言う通りだな……ボーっとしてて役立たず……
律さんやマリアのことを考えれば、ここに来るべきじゃなかったよな――……
寝息をたてる律の頭に顔を埋めながら、深いため息を吐いた。
***
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