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羨望と嫉妬 第78話(村雨真樹)
「おふぁようございま~す……」
山野が目を擦りながら起きてきた。
「おぅ、ふぉふぁぉう 。よく眠ってた、な……っんぶふっ」
歯を磨きながら山野を見た熊田先輩が思わず吹き出しかけて堪えた。
「……っす……」
昨夜散々泣いたせいか、山野の目はぼってりと腫れていた。
「大丈夫か~?山野、目が開いてないぞ~?」
「ん~……っす……」
山野が小さい声でむにゃむにゃと喋る。
どうやら目が開いていないのは、腫れているからというより、単に眠たいだけなのかもしれない。
「だめだこりゃ。もうちょっと寝てろ。昼には起こしてやるから」
「ふぁ~ぃ……」
真樹が背中を軽く叩いて促すと、山野はフラフラしながらまた3階に戻って行った。
***
昨夜は、あの後、熊田先輩が何とか山野を泣き止ませて詳しい話を聞き出してくれた。
それによると、たまたま街でぶつかってきた子を支えているところをさゆりに見られて抱き合っていたと勘違いされたのだが、さゆりが真樹のことが好きだったというのを聞いて半分ヤケになっていた山野は、さゆりの勘違いを否定せずに浮気をしたと言ってしまったらしい。
さゆりがヤキモチを妬いてくれるのを期待したらしいが、さゆりにはブチ切れされ別れ話になったうえ、さゆりから父親に話が伝わり今回の大騒動になってしまって、もう何もかも嫌になったと……
え、ばかなの?
あまりの幼稚さに、さすがに熊田先輩も頭を抱えたらしい。
とりあえず、山野はさゆりと別れたくないらしいので、もう一度さゆりと会って誤解をちゃんと解いて謝り倒せと助言はしてみたが、二人の今後についてはどうなるかわからない。というか、興味がない。
「院長の方は、まぁ何とかなるだろう」
「一応、誤解だったわけですし……とりあえず頭下げて何とか話つけてきますよ」
「俺も一緒に行くよ。フォロー頼まれてたしな」
「仕事上でのフォローは頼みましたけど、山野のプライベートまではどうしようもないでしょ。今回のことは先輩のせいじゃないっすよ?」
先輩はどうやら今回のことについて責任を感じているらしいが、真樹は先輩の責任は一つもないと思っている。
教育係は真樹なのだから、何か責任を取るべきは真樹であって、先輩を巻き込む気は更々ない。
「俺のせいだとは思ってねぇよ。ただまぁ……あいつがおまえにコンプレックス抱いてるのにもうちょっと早く気付いてれば、どうにかなったかなと……」
熊田先輩がちょっと上を見ながらポリポリと頭を掻いた。
「先輩……ハゲますよ!?」
「どういう意味だよ!?」
「あいつが俺にコンプレックス抱いてるなんて、わかるわけないでしょ。だいたい入社してすぐのやつが本気で俺に対抗しようとしてるなんて常識で考えたらあり得ないですし」
「そうだよなぁ……憧れて目標にするっつーならわかるけど、いきなり張り合おうったって無理がある」
「でも、そのおかげであいつは新入社員の中ではトップだったわけですけど……ホントに、今年の新入社員の中ではダントツだったんですけどねぇ……」
思わず天井を見上げる。
その新入社員の中でダントツだった自称カッコいい僕ちゃんは、今マリアの隣の部屋で爆睡しているはずだ。
「まぁ、プライベートがどうであれ、仕事さえちゃんとできりゃ俺たちは別に構わないけどな……」
「ですね。せいぜいこれから巻き返して貰いましょうかね。あ、律さんありがとうございます」
真樹は、そっと朝食後のコーヒーを出してくれた律に声をかけた。
話の邪魔にならないように、タイミングを見計らって出してくれるあたりはさすがだと思う。
「あ、いえいえ」
「すみませんね、春海さん。泊まらせてもらった上に朝食までご馳走になって」
「私は全然構いませんよ。というか、熊田さんあんまり眠れてないんじゃないですか?こんなに早起きしなくても……」
「いや、俺ね、どんなに遅くまで起きていても6時になると目が覚めちゃうんですよ。まぁ、今日は夜早めに寝るので大丈夫です!」
「あ~なんだかわかります!わたしも朝勝手に目が覚めちゃうから!――」
律さん、今朝はもう大丈夫そうだな。
昨夜もあの後すぐに眠れてたし……
真樹は律が笑っているのを見てちょっとほっとしながら、二人で楽しそうに話している姿を眺めていた。
「いてててっ!!おいこらっ!村雨っ!!!」
「え?何ですか!?」
「ヤキモチ妬いてんのはわかったから、その足を退けろ!!痛いっつーの!」
「えっ!?あ、すみません!!この足が勝手に……っ」
先輩に言われて足元を見ると、どうやら思いっきり先輩の足を踏みつけていた……らしい。
先輩なら別に心配するようなことなんてないってわかってるから、別に妬いてなんかない……はずなんだけどな~……――
***
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