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おともだち 第83話(春海律)

 (しげ)さんたちは、喜んで律の頼みを引き受けてくれた。  夕方、マリアが帰って来ると、重さんたちが店に集まった。 「いやぁ~、懐かしいなぁ。あん時はまだ(そう)ちゃんも元気でよ?律が心配だから手伝えっつって――……」 「そうそう、重ちゃんの店の酒を勝手に持って行こうとしてねぇ、結局自分が呑みたいだけっていう――」 「わしらも便乗して飲んでたけどな」  重さん、(かん)ちゃん、(さん)ちゃんの常連トリオが楽しそうに昔話を始めた。 「ほらほら、手が止まってますよ。次どれ注ぐの!?」 「おお、次は~、こいつだな」 「はい」  重さんに最近の若い子に人気の酒をベースに、いろんな酒を持って来てもらった。  律はさっきからその酒を少しずつ紙コップに入れて並べていた。 「ねぇ、律~。何をするの?」 「マリアに、お酒の味と匂いを覚えて貰います」 「え?お酒の味と匂い?」 「紅茶やコーヒーのテイスティングのようなものですよ」 「なんでそんなことするの?」 「あのね――」  マリアに説明をすると、マリアはケラケラと笑った。 「そんなの簡単よ~!大丈夫だよ!私お酒が入ってるとわかるよ!」 「なら、全部当てられるでしょう?まぁ、試しにやってみてください」 「OK~!――」 *** 「で、結果はどうだったんですか?」  仕事から帰って来た真樹が、興味津々という顔で聞いてきた。 「3割程度です」 「なかなか当たらないものですね」 「向こうは、食事の際、水の代わりのようにお酒を飲むことが多いので……身近にありすぎてお酒に対する危機感も低くて……ほろ酔いで楽しく食事をするのがいいのに、どうしてお酒を避けなきゃいけないの?って、理由を説明してもなかなか理解できないみたいで……そもそもあの子は自分がお酒に弱いという自覚がないので困ります」  律が頬に手を当て眉間に皺を寄せながらため息をつくと、真樹がふっと苦笑した。 「それは困りましたね……」 「はい……とりあえず、当てられなかったのが悔しかったみたいで、練習はしてみるって言ってますけど……」 「そうですか」 「でも……考えてみたら、わたしも最初はどうしてそんなことをしなきゃいけないのかって疑問でした。祖父たちの言い分はわからなくもないけど、女の子ならともかく、わたしは男ですし、そんな酔わされて何かされるようなことなんてないだろう……って」 「うん、で、実際は?」  律が当時を思い出して苦笑すると、真樹が意外に真剣な顔で先を促した。 「あ~……えっと、結構入れられましたね、お酒とかよくわからない薬みたいなのをトイレに行っている隙や、ちょっと目を離した隙に……すぐに気づいたので飲まずにすみましたけど、気付かずに飲んでたらどうなっていたのか……っていうか、何がしたかったのかよくわかりませんけど……」 「ふ~ん……」 「……え?あの、真樹さん?どうしたんですか!?」  向かい側で晩御飯を食べていた真樹が、立ち上がってこちらに回り込んできたかと思うと、律に背後から抱きついてきた。 「まったく、マリアにしても律さんにしても……危機感がなさすぎです!!律さんは何とか回避できたから良かったけど、それホントに気を付けてくださいね!?何がしたかったのかってそんなの……多分、女の子にするのも同じだと思いますよ?」 「女の子にするのと同じって……え?あの、それって……性的な……?」 「そうですね」 「えええ!?だって、わたし男ですよっ!?」  あの頃、誰に盛られたのかまではわからなかったけれど、他にも女の子がいた飲み会で、なぜ律が狙われたのかがわからないっ!!  性的な何かをしようとって……確かに学生の頃は今よりももっと女顔だったけど……でも参加してたのはみんな同じ大学の学生ばかりだったから、律が男だというのは知っていたはずなのに!?  真樹意外の男性にも性的に見られることがあるということが、律にはピンとこない。 「性別は関係ないです!!女の子の方から男に媚薬を盛って来ることもあるんですよ!?律さんは可愛いから、男からも女からも餌食にされちゃいそう……」 「いやいやいや、真樹さん!?ちょっと落ち着きましょうか!あの、さっきのはあくまで学生の頃の話で、今はもうそんな心配ないですよ!?わたしもう三十路前のおじさんですから!!」 「律さんはおじさんじゃないですよ!?」 「いや、世間一般で言えばもうおじさんの部類かと……」  自分でも、『おじさん』と言うのは何だかしっくりこない。  でも、世間一般で言えば、三十路は『おじさん』だと思う。 「律さんがおじさんの部類に入っちゃったら、俺なんかどうなるんですか!?おじいさん!?」 「なんでそうなるんですか!?真樹さんの方が若いでしょう!?」 「そりゃ一応俺が年下ですけど……見た目年齢的には俺のが上でしょう?」 「ぶふっ、そんなことないですよ?」 「思ってるって顔じゃないですかぁ~!!」  真樹は笑うと幼いが、普段の顔つきは律よりもしっかりしている。  老けているというのではなく、落ち着いている感じがする。    でも、真樹とのやり取りが何だか面白くて、笑ってしまってちゃんと伝えることができなかった。  真樹との何気ないやり取りが、愉しい。  二人で軽口を叩いて、二人で笑う。  真樹が仕事で忙しいのに、以前のように自分の家に帰らず律のところに帰ってきてくれているのが嬉しい。   「律さん、笑い過ぎですよ~!」 「ふふ、ごめんなさい……何だか愉しくて」 「そう?……ならいいや。律さんが愉しいなら俺も嬉しいです」  真樹が顔をくしゃっとさせて笑った。  あぁ、やっぱりこの笑顔が一番好きだ――…… ***

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