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第4話

何事もなく健康体のまま6歳の誕生日を迎えた、そんなポカポカと太陽が眩しい春の刻。 俺はずっとあの部屋に居て、窓の向こう側しか外の世界を知らなかった。 まるで生前病室で過ごしたあの日々を思い出してしまう。 もう生まれ変わったのに、一人ぼっちは永遠に慣れる事はないだろう。 誕生日と言っても俺はここの人達に嫌われているから誰も祝ってはくれない。 ずっと赤子の時から覚えていたから知っている、きっと皆忘れているだろうから俺だけが… この部屋にはトイレもシャワールームもあるから生理現象には不便していない。 人と会うのも食事の時間だけだ、会話は一度も交わさない。 メイドも使用人も皆、俺を汚いものを見るような目で見ている。 まるで俺の存在そのものが否定されるような瞳だった。 たまにサンドバッグ代わりに殴る使用人もいたが、俺の身体にアザが出来ても誰も気にする事はなかった。 身体中が痛くて涙が溢れてきても誰も慰めてはくれない。 だから俺は泣くのを止めて、ひたすら耐える事にした。 それが4歳から続いていて、この箱庭から出られないストレスも溜まっていった。 ここから出よう、6歳でどうにかなるほど世間は甘くないだろうがここにいるよりは全然マシだ。 食事を運ばれても、常に監視している目が気になって喉を通らなくなっていった。 このままだと餓死してしまうから無理矢理詰め込んだ日も少なくない。 俺はこんなところでせっかく転生した人生を投げ捨てるつもりはない。 這いつくばってでも生きてやるんだ!普通の人より二倍の人生を経験してる俺を舐めるなよ! そう強気に思っていても、誰かに伝える勇気はなくて書きかけの歌詞に書いた。 歌手になるために自分で作詞した紙を見つめて、改めて決意した。 生前の世界では歌手になるにはいろいろと道具やらなんやらが必要だった。 だから家族の協力がないと金欠高校生は何も出来なかった。 でもこの世界は身一つあればどうにかなる気がした。 一度妹の誕生日に呼ばれた吟遊詩人が何の楽器もなく歌を奏でていて、窓からそれを眺めていた。 大帝国から離れて小さな村で、一から人生をやり直そう。 歌は独学だけど練習を重ねればきっと上手くなるだろう。 手の甲は隠すために、ちょうどいい布を腕に巻き付けている。 懐に作詞の紙を入れて荷造りの準備を始めた、荷造りするほどの物はないからすぐに終わった。 着替えとコツコツ食事から抜いていたパンなどの日持ちする食料だけを袋に入れて、誰にも見つからないようにベッドの下に隠した。 決行は皆が寝静まった夜中が一番いいだろう、シーツとカーテンを結んで窓から垂らして……とイメージトレーニングをしながら窓を覗き込んだ。 窓の向こう側には両親と一緒にいる少女が走り回っていた。 金髪の腰まで長い髪がくるくるとゆるふわにカールしている美少女だ。 彼女の名前はサクヤ・ローベルト、ローベルト伯爵家の長女で俺の一つ違いの妹だ。 俺が悪魔の子だからきっと両親はサクヤを後継ぎにするのだろう…正確にはサクヤの夫となる人物がだ。 両親はサクヤを溺愛していた、俺の知らない両親の顔だ。 サクヤの夫は神の子しかいないとローベルト伯爵家全員がそう信じて疑わなかった……それがゲームのローベルト伯爵家の事情だった。 神の子とはカイウスの事だ…魔法が使える神の力を授かったと幼少期はそう呼ばれていた。 俺とは正反対で、カイウスは皆から望まれて生まれてきたんだ。 羨ましいとは思うけど、恨んだりする気持ちは全くなかった。 父であるローベルト卿は大帝国の支配を目論んでいた、しかしそれには最大の壁があった。 それがエーデルハイド公爵家だ、代々大帝国を守る騎士として数々の名声を上げてきた。 それがローベルト卿にとって一番の脅威なのだろう。 魔法が使えるカイウスが敵なら一番厄介な相手だろうが、味方なら最大の力になるだろう。 だからサクヤと結婚させてエーデルハイド公爵家と繋がろうと目論んでいる。 でもゲームのカイウスはサクヤに全くと言っていいほどに興味がなかった。 それどころか、マリーを虐めるサクヤに悪い印象しかなかった。 だからどんなに頑張ってもサクヤには無理ではないかと思う。 サクヤみたいな美人だったらカイウスじゃなくて別の金持ちイケメンと幸せになれると思うんだけどそれじゃあダメなのか?…ゲーム的にはダメなんだろうな。 俺の知っている今のサクヤの姿は少ない、窓の向こう側が全てだ。 普通の子供のように笑っている、悪役令嬢だって知らなかったらただの可愛い妹だ。 でも、両親の性格や名前の一致からしてこの世界はゲーム通りに動く予感がした。 唯一俺だけが、ゲームに縛られない生き方が出来る…何故か悪魔の紋様もあるし… 俺は俺なりに、俺のシナリオで生きていく…幸せは待ってるだけじゃ来ないんだから! 俺は必ずこの手で幸せを掴んで、生まれて良かったと笑ってやるんだ。 シーツを握りしめて下準備をする、まだ夕飯があるからカーテンに繋げないがすぐに繋がるようにシーツを細く伸ばした。 飼い犬が夜の遠吠えを始めた真夜中、パチッと目を開いた。 本当に寝ていたわけではなく、目蓋を閉じただけだからすぐに起き上がった。 すぐにカーテンを外してシーツと結んで、途中でほどけないように強く結んだ。 幸いここは二階だから高さは十分で窓を開いてカーテンシーツを垂らした。 ゆっくりゆっくりと慎重に降りていき、足をばたつかせた。 風を切るだけだった足が、硬い感触に当たり地面だと思い手を離した。 「うわっ!!」 ぐらぐらと身体が傾いてガタガタと音を立てて、地面に尻餅をついた。 どうやら硬いと思っていたのは地面ではなく、庭に積み重なっていた木箱だったようだ。 尻を強く打ってしまい、熱を持ち痛くて尻を擦っていた。 起き上がろうとしたら、急に真っ暗だった屋敷の電気がパッと明るくなり小声だが声が聞こえた。 音が大きくて不審者だと思われたんだ、早く屋敷から逃げないと大変な事になってしまう。 庭に投げ出された荷物を拾って走って庭の外に向かった。 初めて庭に来た人なら迷いそうなほど庭は広いが、俺は来た時の道を覚えていたからまっすぐ向かった。 俺が赤子で分かってなかったと誰もが思っているが、あの時から俺は17歳だったんだ。 庭に数人が出てくる足音が聞こえて、茂みの影に隠れた。 子供の足と大人の足ならどちらが速いか一目瞭然だ。 だから人が見ていない時を狙った方が確実に逃げれる。 庭を抜けて、敷地の外には出れたが何処に行こうか迷った。 部屋を出る前は城下町に行って朝まで何処かで過ごしてから、何処かの荷台に忍び込んで冒険しようと思っていた。 でもそれは時間がある時だ、ゆっくりと荷台を探せる。 でも今は追われている身、荷台を探す前に朝まで城下町にいる事が出来るだろうか……ここまで来て失敗はしたくない。 すぐそこまで追手が迫ってきていて、俺は自分の勘を頼りに走り出した。 俺が向かった場所は城下町ではなく、その反対側の迷いの森と呼ばれる場所だった。 迷いの森は危険な魔物が多く存在していて、ここ大帝国から目と鼻の先くらいには近くで絶対に行っては行けない場所だとゲームの知識がそう言っている。 城下町とローベルト伯爵家の屋敷の間に森に続く道があった。 その道は知らなくて、大帝国の門を通らなくても入れるのかと驚いた。 ゲームでは知っていたが、実際に外に出るのは初めてで驚きの連続だった。 迷いの森といえばマリーとカイウスが幼少期の頃出会った話にもあったな。 マリーが美味しい木の実の話を旅人から聞いて取りに危険な森だと知らずに森の中に入ってしまった。 そこで狼の魔物に襲われて、カイウスに助けられた…それが出会いだった。 意外と細かくゲーム内容覚えているものなんだなと自分でも驚いた。 もう幼少期イベントは終わったのかな、あのイベントは年齢が語られていなかったから分からない。 こんなに広い森だ、偶然出会う事なんて運がかなり悪くないとあり得ない。 とにかくここなら追手が来てもなかなか見つからないだろう、迷いの森と呼ばれているんだから… 息を切らしながら、ふらふらと森の奥の奥に入っていった。 後ろから聞こえる声が、だんだんと遠く小さくなっていき聞こえなくなった。 不審者を諦めてくれるまで、しばらく森の中に居よう。 マリーが迷いの森に木の実を取りに出かけたから、持ってきた食料がなくなっても食べ物には困らないだろう。 ちょうどいい太い木を見つけて、ここを今日の寝床にしようと座った。 持ってきた荷物を置いて、衣服が入った袋を枕代わりにする。 昼寝をしようと思っていたが、ずっと今夜の事を考えて緊張していたから寝れなかった。 だからか、もう大丈夫という安心から目蓋が重くなり睡魔を感じた。 暖かい光が周りに集まっている不思議な感覚を覚えながら、大きな欠伸をして眠りについた。 いつぶりだろうか、人の嫌な視線を気にしないでぐっすりと寝れたのは… 俺はすぐに熟睡してしまったから気付かなかった、手の甲の逆さ十字が微かに光っている事に…

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