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第11話
二人はベッドに横たわると、アンナは鷲尾の逞しい胸に頭を乗せた。鷲尾はアンナの髪を優しく撫で、その心地よさに眠気が襲う。
「……結婚は良かったの?」
「ああ……おまえを好きだって自覚して、何とか断る口実探したんだが、結局、相手に童貞だって言ったらドン引きされた」
「言ったの⁈」
アンナの眠気が吹っ飛んだ。
「そう言えばその気がなくなると思ったからな。でも、好きな男がいるとかで、元々向こうも乗る気じゃなかったらしい。まあ、四十のオヤジとなんか結婚したくないわな」
「俺はどんなおじいちゃんになっても、鷲尾さんが好きだよ?」
その言葉に鷲尾はフッと笑い、アンナの頭を撫でる。
「それの後始末しに大阪行ってて、連絡できなかった。悪かったな」
「本当に……破談にして良かったの? 俺でいいの?」
その女性と結婚した方がヤクザとして鷲尾は出世できたはずだ。
「もう、おまえしか興味ない」
鷲尾はそっとアンナの頬に触れた。その手を握ると、
「俺ね、男で良かったって思うんだ」
「なんでだ?」
「だって、男だったからこうして鷲尾さんと一緒にいられたと思うから」
「そうかもしれない……いや、意外に男でも女でもアンナだったら結果は同じだったかもしれない。だから、男とか女とかはどっちでもいい。おまえがいいんだ」
そう言って互いに唇を寄せた。
これ以上ない言葉に、アンナは涙ぐみ顔を伏せた。
「アンナ……」
呟くように鷲尾が呼び、顔を上げると、
「何年後になるか分からんが、俺が足洗ったら、二人で美味いコーヒーを出す喫茶店でもやろう」
自分にしか見せないであろう、優しい表情を浮かべ言った。
その言葉にアンナの目に涙が浮かぶ。それをグッと堪えると、満面の笑みを鷲尾に向けた。
「うん! 絶対やる! 俺、結構コーヒー詳しくなってきたんだー。あっ! コーヒーと一緒にお菓子とか出したい」
「いいな」
「店の名前何にする?」
アンナはうつ伏せになり両足をバタ使せ、機嫌良く満面の笑みを浮かべている。
「名前は決まってる」
「え? 何? なんて名前?」
意味深に間を置くと、
「アンナ」
そう言った。
「アンナ? 俺の名前?」
アンナはキョトンとした顔をしている。
「ああ、アンナは鷲と恵みだから、正確には俺とおまえの名前だ」
「うん……いい、凄く」
こんなに幸せでいいのかとアンナは思う。二十一年間生きてきた中で最高に幸せな時間だと確信する。鷲尾もそうだといいと思う。
アンナは鷲尾に抱きつくと、
「鷲尾さん、お願いがあるんだけど」
耳元でアンナは言う。
「なんだ?」
「いつか、俺の童貞もらって?」
「は⁈」
その言葉に鷲尾は目を丸くする。
「俺、処女ではないけど、童貞なんだー」
「そ、そうだったのか……ていう事は、俺が掘られるって事か……」
その真実に鷲尾は動揺しているのが、咥えたタバコに上手く火が点かない。
「そういう事だね」
アンナは鷲尾からライターを奪うと、一回で火を灯し鷲尾のタバコに近付けた。
「そ、そのうちな……」
「優しくするね!」
チラリとアンナを見れば、キラキラと期待に満ちた目を向けている。
(心と穴の準備、しておかないとな……)
もの凄く気が重かったが、愛するアンナに言われては、観念するしかないと鷲尾は思った。
いつものように鷲尾は自分の為にコーヒーを淹れてくれた。とても優雅な時間だとアンナは思う。淹れてくれたこのコーヒーのように甘くて少し苦い、そんな幸せな日々がこれからはずっと続くのだ。
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