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隔たりの恋人#3

「んぶ……! んぅっ」  涙がぽろぽろと流れる。イってしまいそうだ。そのとき、ウィルクスは思った。ハイドさんは気持ちいいのか? おればっかりしてもらってる。そのことに、猛烈に申し訳ない気持ちになった。おれもなにかしなきゃ。そうしないと、ハイドの目に正気の光が灯りそうで、怖かった。震えながら体を起こし、「あの」とささやく。 「おれも、し、します」 「え?」  ハイドは驚いた顔をした。女と寝るとき、彼ばかりが尽くしていたわけではない。それを経験で知っていたが、これほど初々しいウィルクスになにかできるとは思っていなかった。  ウィルクスはハイドを押し倒した。厚みのある体が仰向けでベッドに沈む。ハイドの足元に四つん這いになると、勃起したペニスに顔を近づけた。  夢でしたことがあるから、できる。そう思ったのはなんの根拠もないことだったとすぐにわかった。間近で見るハイドのペニスの威力にやられてしまったのだ。陰毛を割りそそり勃つそれは、怖くなるくらい理想通りだった。使い込んだ色が卑猥だ。緊張で口の中がからからに乾く。  しかも鼻を近づけると、特有の湿った臭いがした。 「風呂には入ってきたんだが」  そういうハイドも緊張してことのなりゆきを見守っていた。むりをするようならすぐに止めようと思っていた。  ウィルクスは泣きそうな顔をしている。だが、骨を与えられた犬のように、尻で見えない尻尾がぱたぱた振られていた。臭いにすら発情してしまう。いい匂いとはとても言えないとそのときは思ったが、嗅いでいると股間がさらに硬くなっていくのがわかった。  ペニスを口に入れるという初めての経験に躊躇した時間は、それほど長くなかった。ウィルクスはぎゅっと目を閉じ、硬く肥った亀頭をぺろりと舐める。 「ん」  ハイドが息を漏らした。その声がうれしくて、もう一度ぺろりと舐める。舌に焼けつくような塩味を感じた。最初は苦いと思ったが、さらにもう一度舐めると癖になった。遠慮がちにぺろぺろ舐めていると、ハイドはベッドに上体を起こしてささやいた。 「そこばかり舐められると、その、ちょっと痛いんだが」  ウィルクスははっと顔を離した。敏感な場所だからだ。申し訳なくてうつむくと、ハイドが頭を撫でてくれる。 「根元、舐めてくれるか?」  ウィルクスはこくりとうなずいて、ハイドの股間に顔を埋めた。すんすんと匂いを嗅ぐ。むっとする雄の臭いに酔ってしまいそうだ。くらくらしながら根元に舌を這わせた。かすかに生えた毛が舌に触れる。根元をぴちゃぴちゃ舐める。鼻先が陰茎にぴたぴたくっついて、まるでじゃれついているようだ。  ほんとに犬みたいな子だな、とハイドはペニスを舐めるウィルクスのつむじを見て思った。頭をよしよしと撫でる。ウィルクスは頭を手のひらに擦りつけてくる。そのままじっとしているので、心配になった。 「ウィルクス君?」  そっと尋ねると、ウィルクスは顔を上げてへらりと笑った。 「ハイドさんの、チ、チンポ……で、でかい……。い、いいにおい」  ハイドがちらりと歯を覗かせる。少し荒々しく、ウィルクスの頭を押し下げた。 「咥えてくれるか?」  試しにささやいてみると、ウィルクスは目を泳がせ、こくりとうなずいた。  口を大きく開け、亀頭を含む。慣れていないうえサイズが大きくて、ほんの先端しか咥えられない。 「ん……お……」  舌が圧迫されて吐きそうになっているらしく、目を白黒させている。涙がたらたらと溢れていた。それでも、頑張って咥える。しかしそれからあと、どうしていいかわからない。顎が外れそうなほど口を開いたまま、固まっていた。ハイドは頭を撫でる。口の中はあたたかくて、柔らかくて気持ちがいい。しかし、これ以上はむりそうだと判断した。 「いいよ。もう、口から出して」  ウィルクスが顔を上げると、ぽっかり開いた口から唾液がぽたぽたとシーツに落ちた。肩を上下させ、虚ろな目でハイドを見下ろす。 「ご、ごめんなさ……、おれ、へ、下手で……っ」  騎士の顔が泣きだしそうだ。もっと泣かせたい。ハイドはちらりとそう思うものの、悲しませるのは嫌だった。それで、ウィルクスの頭を撫で、優しくささやいた。 「大丈夫だよ。初めてだしね。……え?」  下に視線を向けて驚く。ウィルクスの股間が白くなっている。萎えてはいないのに、ペニスの先端に白濁がまとわりついているのだ。精液の臭いがした。 「出ちゃった? もしかして」 「ご、ごめんなさい……っ」  ウィルクスはふるふる震えていた。 「お、おれっ、く、口に、い、入れてたら……チンコ、でかくなっちゃって……っ、におい、嗅いでたら、なんか、わ、わかんないけど、わーってなっちゃって……っ」  ごめんなさいと涙をこぼすウィルクスは気がついていなかった。ハイドの顔がどうなっているのか。  ハイドが覆いかぶさってきた。押し倒され、ウィルクスは呆気にとられてその顔を見上げる。  青い目が据わっていた。舐めるようにウィルクスを見つめ、「ふうん」とつぶやく。舌なめずりするような声だ。 「うれしいよ。きみがぼくのペニスでそれほど興奮してくれたとは」 「ご、ごめんなさ……っ……」 「謝らなくていいよ。セックスしている相手の性器に興奮しないで誰のにするんだ?」  それから、ハイドは怯えさせたことを詫びるようにウィルクスの額にキスした。顔を離して目を見つめ、「ウィルクス君」とささやく。 「抱かれたいという決意は変わっていないか?」 「あ……」  ウィルクスはふるりと震える。狼の目に魅入られて、こくっとうなずいた。 「はい。か、変わって、いません」 「そうか。じゃあ初めに言っておくけど、痛かったり苦しかったら、ちゃんと言うこと。いいね」 「は、はい。すみません」 「謝ることじゃないよ。処女は誰でも痛いんだ」  そうささやき、ウィルクスの脚のあいだに腰を割り入れる。ウィルクスの胸で、鼓動が炸裂した。そして、思う。ハイドさん、男同士は初めてだって言ってたけど、本当なのかな。ウィルクスには、ハイドはとても慣れているように映った。  ウィルクスは知らなかった。ハイドがどれだけ緊張しているのか。そして、そんな自分を麻痺させていることを。  ハイドは床にしゃがみ、上着のポケットを探った。取りだした缶をウィルクスに見せる。 「ワセリンだよ。これしか思いつかなくて」  そう言って、中身をたっぷり取り、利き手の人差し指にしっかり塗りたくる。たぶん、指を、挿れるんだよな。ウィルクスは真っ赤になって震えた。ほんとに入るのか。だって、排泄する場所なのに。訴えるように見つめていると、ハイドはくすっと笑った。汗ばんだその顔に、ウィルクスはさらに赤くなる。目を逸らすと、ハイドは彼の腰の下に枕を敷き、両脚を抱えあげた。  ウィルクスのペニスがぶるんと揺れる。火傷したように目を逸らすウィルクスを見ながら、ハイドは彼の後孔を指でなぞった。 「あ、っ……!」  アナルは貝が動くようにひくついた。身を守ろうとするように頑なに窄まっていて、控えめな場所だ。たしかに女性器とはまったく違う器官だが、ハイドはそこが全身で自分への愛慕を表していると感じる。愛おしい、という感情が胸に兆す。しかし、すぐに麻痺させた。それでも、性欲の炎は肉体の芯を吹き荒れている。 「じゃあ、指を挿れるからね。楽にしてるんだよ」  上擦った声でささやき、ウィルクスの秘所に指を押し当てた。体を硬くする彼に、こんな関係になるのは少し早かったかと、ハイドは焦る心で思った。しかし、ウィルクスは彼の目を見て笑った。 「は、い……、く、ください」  すべてのしがらみを振り払ったような笑顔だ。ハイドの胸に勇気が宿る。指をゆっくり中に沈めた。 「ん、は……っ」  ふるりと震えて、ウィルクスは爪先を反らせる。中は狭いが、しっかり吸いついてくる。もしかして。ハイドはちらりと思う。名器。だが、最初からそう決めつけて慣らすのがおざなりになってはいけないと、腹に力を込めた。ハイドもウィルクスも汗びっしょりだった。指に吸いついてくる柔らかい肉筒をゆっくり押しあげる。 「ん、ん……っ」  喉をひくつかせ、ウィルクスはきつく締めつける。きつすぎて先に進めない。 「力を抜いて」  ハイドがそっとささやく。 「ウィルクス君」 「ん、ひ……っ……」 「エドワード」  ウィルクスの体がぴくっと跳ねる。真っ赤になった顔でハイドを見上げ、へらりと笑って、「はい」と答える。 「シドニー、さん」  はにかんでいるのがひと目でわかる。ハイドの胸に熱いものが込みあげた。 「シドでいいよ」  割り開くように指で触れながらささやく。ウィルクスはびくびく跳ねて、「シドっ……」と声を漏らした。 「お、おれも、エ、エドで、いいです……っ」 「エド」  ハイドがささやくと、ウィルクスは微笑んだ。ずくずくに溶けた飴みたいな笑顔で、ハイドは唾液を飲みこむ。基本的なコミュニケーションすら、今は淫らだ。欲情に浮かされたその顔に、脚のあいだに血が一気に流れ込んでいく。ウィルクスもハイドの顔を見て、取り返しのつかないほど昂ぶっていった。目の前の男はまるで血の臭いを嗅ぎつけた狼だ。食い殺される、と思った瞬間、また吐精しそうになった。目を泳がせるウィルクスを見て、ハイドはさらに指を進めた。 「き、気持ちいい?」  不安になって、ウィルクスに尋ねる。 「わ、わからない……っ」  ウィルクスは正直に答えた。尻の中に指が入っていて、その違和感でいっぱいだった。腹に少し圧迫感を感じる。痛みはそれほどなかったが、苦しい。これがずっと続いたら、狂ってしまいそうだ。  ハイドはゆっくりと指を沈め、軽く擦り、中をほぐそうとする。どれだけ丁寧にしてもしたりないと思うのに、心が逸ってつい動きが大きくなる。ぐぷっと音が鳴った。 「ん、ひ……っ」  びくりと跳ねて、ウィルクスは顔をシーツに押しつけた。腹の中が熱くて、ぞわぞわする。気持ちいいのかわからなくて、でも、ハイドがやめてしまうのが怖かった。 「き、きもち、い……い」  すがるようにささやく。ハイドは見抜いていた。 「嫌なら、やめるから」  そう言うと、ウィルクスは露骨に顔に出した。捨てないでと鳴く犬のような目だ。 「……今やめても、また次があるからね」  そう言うのだが、ウィルクスは首を横に振る。指を飲みこむように吸いあげ、爪先を反らせる。腰を反らせたあと、「して」と抱きつくようにして言った。 「ず、ずっと、だ、抱いて、ほしかった……。お願いです、して、ください……っ」 「でも、むりしたら……」 「むり、してません。お願い……っ」  必死ですがりついてくるウィルクスに、ハイドは決意した。先だけ、挿れよう。そしたらエドもむりだってわかるはずだ。

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