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第9話

しん…と静まりかえった楽屋。  突然のセナの告白に全員が凍りついた。  その場にいた翔さえも唖然と口を開けたまま固まった。  「透!もう僕は限界だ!選んでもらえないなら…諦める」  「セナ…」  「もう…進みたいんだ。透、好きだ、僕を選んで欲しい」  「……どうしてそんな悲しい選択をさせるの?」  透が出て行った後、晴天がセナに掴みかかった。 「みんなが我慢してんのに!なんでお前が出しゃばるんだよ!!このチームを崩したいのか!!?」  何も言わずにじっと晴天を見つめるセナの瞳から、意志が揺るがないのが分かった。  (あ、気付いてしまった。)  ヒカルはもうこのバランスが崩壊することを覚悟した。  「翔!長谷川さん呼んできて!」  「はい!」  陽介に指示され、走って出て行った翔を見送って、隣で怯える愛希を支える。ヒートアップする晴天が、拳を振り上げた瞬間、聞いたことのないほど大きな怒鳴り声が響いた。  「いい加減にしろ!!!」  温和でスマートで丁寧なマネージャーが、ブチ切れていた。蹴り飛ばされた2人を見て、身体が勝手に震え、カチカチと歯が鳴った。  見えていないことが、一気に押し寄せて思考停止した。何が起こってるのか分からず、騒然とする現場で立ち尽くす。愛希の泣き声、セナの告白、マネージャーの冷たい視線、逃げたいのに全く動かなかった。  動いたのは翔。  逃げるわけではなく、セナに寄り添った。  あんなに先輩達を嫌っていた翔が、セナの唯一の味方となった。 最悪の空気の中帰宅し、この日、セナが「みんな」から抜けた。  「愛希、今日…ひま?」  「あ、えっと、ヒカル、実はね」  ざわざわしている気持ちを落ちつかせたかったヒカルは愛希を誘ったが、曖昧な反応をされた。  (愛希…もしかして)  「ヒカル、愛希、付き合ってる人がいるの。」  「あ…そうなんだ。」  「うん。その人が今日誕生日だから…そばにいてあげたいんだ」  「そっか。分かった。」  「怒らないの?」  「なんで?…喜ばせてあげなよ?」  「うん!ありがとう」  愛希の笑顔が苦しくて、誰かそばにいてほしかった。この日、透は誰も誘わなかったのも分かるが、誘えなかった。  (間違いなく、愛希がいてくれると思ってたから)  1人でバーに行って酒を煽る。  別に容姿がいいわけじゃないヒカルは、誰からも誘われることなく、会計を終えた。  芸能人とバレないまま電車に乗って、家路に着く。マンションのエントランスに行くと見知った顔。  「っ!愛希?」  「遅ーい。どこ行ってたのー?」  「あれ?恋人の誕生日は?」  「祝ってきたよ。そんなことより早く!」  自分の家かのように手を引く愛希に笑って、2人で家に帰る。  「ヒカルをほっとけるわけないじゃん!愛希か透さんしかいないでしょ?」  「うるさいな」  「あー!そんなこと言うなら帰っちゃおっかなー?」  「ウソだよ!ごめんなさい!…来てくれて嬉しい」  「うん!素直でよろしいっ!」  缶チューハイを渡す愛希の指には、シンプルな指輪。  「もらったの?」  「あぁ、これ?あげたの。誕生日だからお揃い。」  「そっか。」  「高かったなぁー!大奮発しちゃった!」  「恋人…どんな人なの?」  「愛希を理解してくれる人。」  「何それ」  「どんな愛希でも愛してるんだって。」  嬉しそうな愛希に、ほっとしてチューハイを流し込む。  (愛希が幸せなら、良かった)  「でも今日は彼女さんが祝ってくれるみたい」  「えっ!?」  「気まぐれな彼女さんみたいだから、彼女を優先したいんだって」  愛希は苦笑いしながらチューハイを煽る。ヒカルは口を開けて固まった。  「あーあー!愛希だけ愛してくれる人っていないのかなぁー?ファンだって、一生ついて行くって言ったくせに、ほとんどRINGに乗り換えてるし。」 笑いながら言う愛希の目からは涙がこぼれた。  「愛希…」  「やだなぁ…もう。…さすがに、今日は…きっついなぁ…」  「愛希」  「透さんが選ばないのも知ってる、ヒカルが愛希を選べないのも知ってる。でもね、だれかの特別になるにはどうしたらいいの?」  涙いっぱいの顔で見つめられ、噛み付くようにキスをした。愛希のお揃いの指輪を外してテーブルに置いた。  (神様、今日は…見逃して。じゃなきゃ僕ら消えちゃうから…)  キスしなきゃ呼吸ができないかのように、必死にキスをして、お互いの服を剥ぎ取る。フローリングに転がって、愛希が上に乗った。  「ヒカルが透さんに見つからなきゃ良かった」  「一緒にデビューしたかったから、繋げただけなのに」  「ヒカル、透さんにハマっちゃうんだもん。」  「ヒカルも、透さんも、選んでくれないから大嫌い」  「なのに、欲しくてたまらないの。」  「他じゃ足りない。愛希は…」  そう言って、ヒカルのを穴から指を抜いて自身を擦り付けた。  「愛希だって、欲しがらせることだってできるんだからね」  可愛い顔に似合わない熱が入ってきて、チカチカして愛希の腕を握る。  「っぁあああ!っ!あぁあああ!」  「はっ、はぁっ、はっ、やばっ」  「愛希っ!待って、愛希っ!」  「ん、っ、だめ、イっちゃう」  「っぁあああ!!っぁああ!」  押し出されるような声が出て、2人同時に吐き出した。  「愛希…、とばしすぎだよっ、はぁ、はっ」  「ごめん…っ、久しぶりに入れたからっ、腰、抜けそう…」  バテバテの愛希に笑って、ぼーっと余韻に浸る。寂しさが無くなって落ち着いた。  「愛希、恋人とはまだ別れないの?」  「うん。大事にはしてもらってるから…愛希からは別れるって言わないよ」  「そっか」  「ヒカルも、いい人がいるといいね」  残酷な言葉を残して、愛希は風呂場に行ってしまった。 (いい人ねぇ…)  考えられなくて、愛希の指輪を眺めた。  蛍光灯に照らされたその輝きが虚しく見えた。

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