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第14話

5人体制での新しい曲は、今までにないほどカッコ良くて、7人でやってみたかったと思った。事務所で初の女性シンガーソングライターのサナの作曲を、タカの編曲と、元ダンスジャパングランプリのリクの振り付けが付くという豪華なサポートに、事務所の期待が感じられた。  (きっと愛希もカッコイイって言ってくれるはず!)  アイドルっぽさは消えたが、強めの曲が好きな愛希には聞き応えがあるのでは、と嬉しくなった。  打ち合わせではいつも通りに静かに座っていたヒカルは、資料をめくり、歌割りを見て顔を上げた。すぐに目の合った天才は、そらすことが出来ないほど、強い目だった。  (最悪!!!)  「この曲のメインは、翔とヒカルにする。あと、今後ユニゾンパートは期待できない。個々の歌唱力を上げてほしい」  タカの言葉に、全員が驚いたようにヒカルを見た。  「ヒカルはこのグループの誰よりも音が完璧だ。声も綺麗だし、音域も広い。何で今まで使わなかったのかが不思議だ。他のメンバーも音が分からなくなったらヒカルに聞くといい。」 「やめてください。そんな…音なんか分かりません。」  「嘘つくな。絶対音感のくせに」  「え!?そうなのか!」  「ヒカルさんすごい!」  翔のキラキラした目を受け止められなくて、下を向いた。  「愛希やセナ、透のカバーはヒカルがしてる。今まで気付かない方がおかしい。」  ヒカルはイライラして手を握った。  (最悪、最悪、最悪!!)  他の人ならば嬉しい抜擢も、ヒカルにとっては迷惑でしかなかった。  音域チェックなども始まり、どんなに手を抜いてもバレてしまう。  (音大への英才教育が今ここで邪魔になるとは…)  ヒカルは誰にも言っていないが、音楽一家の長男として生まれ、音楽に対しては徹底的に指導されていた。ただ、ヒカルの希望は、「普通の人」だった。  愛希の遊びについて行き、レッスンから逃げる日々。妹や弟達が成功したことでヒカルは厳しく言われることはなかった。  ーーーー 「ヒカル。愛希くん、オーディションに行くみたいだけど、あんたも行きなさい。」  「あぁ。付き添うつもりだよ」  「音大に行かないなら、せめて芸能でもやりなさい。曲を書いたりならできるでしょ」  「やだよ。興味ない。」  「いい加減にしなさい!ピアノも声楽もバイオリンも!何も続かないじゃない!!あんたいったい何ができるの!?」  「何もできないよ。そんなのママが1番分かってるでしょ」  パシンッ!!  「っ…」  「あんたも受けなさい。落ちたら普通の大学で許してあげる」  「こんな不細工な顔で受かる訳ないでしょ!恥晒しもいいとこだ!僕は愛希と違って顔が良くないんだから!」  パシンッ!!  「ヒカル!!なぜあんたはこんなにも卑屈なの!?」  「…っ!…ママが僕を否定し続けてきたからだろ!!」  「そんな…っ!ママはヒカルのために」  「僕は頼んでない!!僕は僕のやりたい事を全て否定されてきた!!……ごめん。分かった。オーディション、受ける。…結果はどうであれ、僕はもう、この家を出る。」  「…勝手にしなさい」  ーーーー  「ヒカルさん、ヒカルさん?」  「へっ?」  「打ち合わせ、終わったよ?」  「プレッシャーだよな?…大丈夫か?」  声をかけられて顔を上げると、翔とセナが心配そうに見ていた。他は解散していて慌てて立ち上がった。  「ヒカルさん…」  「お疲れ。」  過去も思い出して、むしゃくしゃした。  あの天才がどうにか黙らないかと、考える日々。どう足掻いても、天才を前にしては太刀打ちできなかった。  レコーディングで翔が何テイクも重ねるのをヒヤヒヤと見ていた。  (翔…喉がしまってきた…。プレッシャーで肩も上がってる…。)  「ヒカルで行こうかな…」  このタカの呟きにゾッとして、必死に翔にアドバイスをした。翔は肺活量はあるが、それを上手く使いこなすことができなかった。練習生期間が短いままデビューしたため仕方のないことだが、それを許す天才ではない。 (翔にアドバイスをしてみよう。こんな目立つところ地味な僕がやったらファンはなんで言うか…)  スタジオに次の予定なのか、ヤスが入ってきて焦る。真面目な翔と共に頭を下げて、2人で録音ブースに入る。  「ヒカルさん…」  「大丈夫、翔はできる!えっと…ここを…」  上手く説明できるか不安で、イメージを伝えようと歌ってみる。真剣に頷き、何度もやってみる翔は一生懸命で、スタッフに好かれるのが分かった。  『はーい、お疲れ』  天才の声が聞こえて、やっと力が抜けた。2人で戻ると、あるセリフに固まった。 「過去に縛られるのは辛いよね…過去は変わらないのに」  ヤスの言葉に、何の話か分かって気持ちがどんどん冷たくなる。 (長谷川さんか…余計なこと) 「過去が変わらないのなんか知ってます。長谷川さん、僕の問題って言いましたよね。うまいことやります、迷惑はかけないようにします。」  淡々と、どす黒い感情を抑え込んで話す。するとタカはもどかしそうに言った。 「ヒカル、お前はもっとできるんだ」  「タカさん、すみません。僕、もっとやりたいなんて思っていません。現状維持で満足なんです。」  二度と自分に期待しないように話していると、ふわりと温かな体温に包まれ、一瞬止まる。 (うわ…あったかい…) 「ヒカルさん」  心地のいい声が降ってくる。 「ヒカルさん、戻ってくるといいね」  「っ!」  (へ…?)  ヤスの腕の中で、目を見開いた。一瞬絆されそうになる。 「タカさん、今ヒカルさんが求めてるのは共感です。寄り添うことが大事です。」  (はぁ!??) 何かが、切れた気がした。この腕の中に嫌気がして、一瞬温もりを感じた自分にも興醒めした。 思いっきり突き飛ばして、抑え込んでいたものが滝のように溢れた。  「何も知らないくせに!!入ってくんなよ!!何も知らないくせに!!形だけ合わせてくんなよ!!そんな上部の優しさなんか反吐が出る!!」  「コラ!ヒカル!なんだその口の聞き方!」  長谷川が間に立つも、透に選ばれたこの人が憎たらしく感じた。全てを奪って、誰からも心配されるこの人が羨ましかった。 「長谷川さんも!僕のことはほっといてよ!透さんのことでボロボロになったくせに!!僕はちがう!僕はみんなに迷惑なんかかけない!1人で乗り越えるんだ!誰も入ってくんな!!!」  突き飛ばした相手が、微笑んでいることに気付いて居た堪れなくなって逃げた。感情をぶつけるところがなくて、家でひたすら泣いた。  「僕も、っ、愛希と、辞めたらよかった…っ」  誰も頼れなくて、みんなが敵に見えた。  いなくなった人、過去はもう戻らない。  そんなこと、痛いほど分かってるのに、過去にしがみついている自分を見せられた気がした。 

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