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第17話
ヤス:仮歌をお願いしたいんだけど、どうかな?
ヒカル:事務所通してください
メッセージを簡単に返してケータイを投げる。あのライブの後も変わらないメッセージの数。返信しないわけにもいかない内容ばかりで、晴天が嫌そうに見ているから余計にストレスになる。
(愛希、こんな時どうしたらいい?)
モテモテだった愛希はいろんな人と遊び、上手くやっていた。透という本命がいながらもフラフラと流されては愛されていた。
人から求められることに慣れていなかったヒカルは、突然各方面から求められることに心底面倒に思った。
「ヒカルさーん!おはようございます!」
「おはよう、ユウ。ご機嫌だね」
「えへへっ!このレッスンが楽しくて!」
どんなに冷たくあしらっても子犬みたいに懐いてくるRINGのユウ。どことなく愛希にも似ていて絆されそうになる。愛希と違うのは、努力家で人の何十倍も仕上げてくるところ。
(また伸びてる。ユウも絶対音感なのかな)
ぼんやり見ていると、後ろからの衝撃に苛ついた。
「何。朝から鬱陶しいな」
「しょぼーん。ヒカル冷たい」
「ウザ絡みしてくるからでしょ。シュウトさん来る前までに声作って」
「はーい!」
ユウは、お二人仲が良くなりましたね、と笑っていて、頭がおかしいのか、目がおかしいのかどっちだろうと悩んだ。
(仲良くするつもりはない。こんな悩みのない奴と話も合わないし。)
いつもマイペース。周りがあたふたしていることも気が付かない。
(でも、憎めない。憎まれない。)
羨ましいと思った。盛り上がっている場所には必ず中心にルイがいた。
何も考えていないはずなのに、練習生時代、唯一自分の限界を見抜いた人。
ーーーー
透に選ばれなくて、愛希と約束していたのに、愛希が選ばれた日。
『ヒカルの誕生日には愛希がそばにいてあげる!ピザでも頼んでさ、ケーキはヒカルの好きなチーズケーキにしよ?』
そう言われた前日の夜。荒んでいた心が少しだけ軽くなって、レッスンに行こうと足が向いた。辞めたい、逃げたい、苦しい、それしかなかったレッスンを無我夢中で頑張った。
「透!またここができてないじゃないか!後ろに下がれ!ヒカル、場所変わりなさい」
突然の指名にゾッとした。
(断らなければ、透さんより下手にしなきゃいけなかったのに、集中してやりすぎた…)
固まるヒカルを、ダンスの大輔先生は無理矢理前に連れてきた。前列には、楓、ルイ、レイ、大河、龍之介。
(嫌だ、嫌だ。こんな、特待生みたいなひとたちの隣だなんて)
「ヒカル、さっきみたいに真面目にやれよ?手を抜かなくていい。」
特待生しか聞こえないくらいの声量で、先生に言われ、冷や汗が止まらなかった。他は全員座らせて、このメンバーだけが踊ることになった。
愛希と目が合うと、冷めた目をしていた。透からは怒りが漏れていて、足がすくんだ。僅かに震える手を、ルイが握った。
「ヒカル?どうしたの?大丈夫?」
睨みつける透から目が逸らせない。ドクドクと心臓を打つ中、逃げ出したい衝動に駆られる。
(逃げたい、逃げたい)
「先生っ、…ヒカルが、」
ルイが先生に声をかけてくれたが、ヒカルのことを見抜いている先生は無常にも曲をかけた。
音が鳴ると、反射的に身体が動いた。冷たい視線を振り切るように踊った。
「はい!そこまで!振りが入っていない人はこのメンバーから聞くように!今日は以上!お疲れ様!」
「「お疲れ様でした!!」」
終わった瞬間に大きな音を立てて出て行った透に肩が跳ねた。愛希や、Altairメンバーも一度ヒカルを睨んでから透を追った。
「は…っ、はは…」
バカみたいだと思った。崩れ落ちて、ひたすら座り込んだ。
「ヒカル…大丈夫?」
「ルイ、ほっとけ」
「でも…。楓、ヒカルなんだか変だった。心配だよ。……ねぇヒカル、ヒカルは何に怯えてるの?」
「…怯えてなんかない。」
「透さんや愛希たちにでしょ?どうして?ヒカルはダンスも歌も上手いんだから、そんな風に怯えてなくてもいいのに」
「…ダメなんだよ、透さんを越えちゃ」
呟くと、ルイは首を傾げて、隣の楓は関わるな、とルイを引っ張る。
「ダメなんてことはない。みんなで成長していくべきだよ。ヒカルは間違ってない。足の引っ張り合いは意味ないよ!」
分かってることを言われてイライラする。そんなことできていたら、こんな風にはなっていない。
「ヒカルはヒカルだよ!ヒカルはどうしたい?ヒカルの意思はないの?」
ブチン!!
「うるっさいんだよ!!!お前みたいな自己中と一緒にするな!!」
「自己中かもしれないけど、俺は俺の意思で動いてる!ヒカルは…」
「黙れ!入ってくんな!!お前みたいに能天気じゃねーんだよ!!」
「だって苦しそう!見てられないよ!ヒカル、本当は辛いんでしょ!?あのメンバーの中にいること!!そこはヒカルの居場所じゃないよ!ヒカルはもっとできるのに透さんや愛希の顔色ばっかりうかがってさ!!そんなの仲間じゃないよ!おかしいよ!!」
「ルイ!もうやめろ!」
2人して掴みがかって大喧嘩に発展した。楓や龍之介、レイが止め、大河は唖然と固まっていた。無理矢理引き剥がされて、ポツンとスタジオに残された。
結局、誰もいない誕生日になった。
ーーーー
そんな同期と、一緒にアカペラをやるなんて、と懐かしく思った。
このメンバーはなんだかんだバランスが良かった。そして、シュウトの指示には何故か素直に飲み込むことができた。
目を合わせて歌うのが心地よくて、だんだん音楽を受け入れ始めているのがわかった。
「ヒカル、お疲れ」
「あれ?晴天さん…もしかして」
「あぁ!待っていたのさ!ヒカル、今日はお前の誕生日だろ?おめでとう!今日は一緒にいたいなって思ってさ」
事務所で待っていてくれた晴天に、ムズムズするような嬉しさがあった。
タクシーを待つ間、隣にはご機嫌で、何食べたい?と聞いてくれる優しい笑顔。
「晴天さん、僕、チーズケーキ食べたい」
そう言うと嬉しそうに笑って、大きな手で頭を撫でてくれる。本当に、太陽みたいな人だと思った。温かくて、優しくて、笑顔に曇りや闇はない。晴れた空そのものだ。
「晴天さん、昔ね、」
聞いてもらいたくて、ゆっくり話した。あの時の辛かったこと、悲しかったこと、寂しかったこと。
晴天は謝ってくれて、抱きしめてくれた。あの日の自分が救われたような気がした。
タクシーで向かったのは、海沿いのホテルだった。部屋にチェックインして、慣れない場所に居心地悪く、椅子に腰掛ける。
「ルームサービスにしたよ。ヒカルといろんな話がしたいんだ。」
そう言って、隣に座って温かい手が触れる。
「晴天さん、僕、幸せで怖いよ」
「え?」
「幸せって、いつかなくなるでしょ。だから失うのが怖い。慣れちゃうのも怖い。」
「全く…」
晴天は呆れたように笑って頭をくしゃくしゃにされた。
「失わせない。無くさせない。今までたくさん我慢したんだろ?なら、これからはたくさん甘えて、わがまましていいんだよ。俺の厚い胸で受け止めてやるぜ!」
「…ははっ!晴天さんらしいね」
「ヒカルは笑った方がもっといいよ。だからさ、そんな気を張らなくても大丈夫。」
「気を張ってるつもりはないよ」
「今みたいにリラックスして。」
そして、急に立ち上がるとドアの方まで行ってしまった。しばらくすると戻ってきて、そこにはワゴンに乗った可愛いチーズケーキ。
「ハッピーバースデートゥーユー♪」
ケーキに刺さったロウソクを消さないようにゆっくり歩いてくるのが面白くてクスクス笑う。
「ヒカル!誕生日おめでとう!」
「あははっ!ありがと」
「お前の笑顔が1番だー!ほら、消して」
(ずっと、この幸せが続きますように)
そう願って息を吹いた。
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