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第20話

ヒカルはある人物にメッセージを送った。  きっとこの人なら、愛希を支えてくれる、そう願って。  「こんばんは。」  「え…?…ヒカル、なんでヤスさん…」  長谷川は驚いたように立ち上がり、頭を下げて挨拶をした。ニコニコしたヤスはカジュアルな服装で登場し、ペコリと頭を下げた。  「ヒカル君に頼まれるのが嬉しくて来ちゃった。あれ、彼氏さん大丈夫?」  ベッドに寝る晴天を心配そうに見つめる。晴天は痛みを堪えて起き上がり、苦笑いして応えた。  「ヒカル君…ごめんね、ちょっと状況がよく分からなくて」  笑ってはいるけど、困っているのが分かる。  Altairが揃う病室に首を傾げるヤスの手を引いて、愛希の病室に向かった。  コンコン  「愛希、入るよ」  「愛希?…どこかで…。」  「元メンバーです。」  「あぁ!ヒカル君が戻ってきて欲しい人!」  「…よく覚えてますね。そうです」  愛希は目を開けているがこちらを見ない。ヤスはそんな愛希を覗きこんで笑った。  「こんばんは、愛希さん」  「…だれ」  「ヤスさん。知ってる?あの有名な曲の…」  「知らない。辞めてから曲聴いてないし」  「ヤスさんの曲に、歌に、とても感動したんだ。だから、愛希にも聞かせたくて」  「嫌だ。もう関わる人を増やしたくない。愛希といたらみんな不幸になる。みんな、愛希のせいで、愛希がいたらみんな…」  静かにポツリポツリという言葉が、愛希自身を傷つけていく。致命傷にならないその傷はだんだん痛みを麻痺させて広がっていく。  「僕みたいだ」  「へ?」  「愛希さんは、僕みたいだ。」  「そんなことない。愛希は汚い。あなたは汚くない。だから、全然ちがう。」  愛希は細くなった腕を出して、疲れたように笑った。  「聞いてよヒカル。愛希ね、エッチが怖くなったの。そしたら見て?知らない注射、いっぱいされて、それでやっとお仕事できた。でも、その後、苦しくて消えたくて耐えられないんだ。」  ヒカルは唖然とその話を聞いていた。たったの数ヶ月で別人のようだった。  「勃たなくなって、もう本当に仕事がないかも、って思ったら怖くて、でもあと20本も残ってる。」  「20本…?」  ヤスは何のことか分からないようで首を傾げていた。  「愛希の居場所はどこにもない。みんな愛希が壊したから。ヒカルも、ごめんね。今は晴天さんが居場所なんだね。ヒカルも、1人なんじゃないかって、ふふっ、そんなわけないのに…愛希だけ1人なのに。」  自嘲しては外を見てため息を吐く愛希。ヤスはそれを見ながら突っ立っていたが、そっと愛希の頭を撫でた。  「っいやぁだぁ!触んないで!!触らないでよ!!」  「愛希、落ち着いて!」  「ご、ごめんなさいっ」  必死に謝るヤスに、愛希はハッと落ち着きを取り戻し、恐る恐る自分からヤスの手に触れた。  「すみません、愛希、急に触られると怖くなっちゃって…」  ヤスは愛希を見て、覚悟したようにヒカルと向き合った。  「ヒカル君、僕に愛希さんを任せたい、そういうことかな?」  「…はい」  「どうしてヒカル君が見ないの?」  「見たいです。でも、それは晴天さんが喜ばないから。僕は、大切な人のために、愛希といることはできない。…ヤスさんなら任せられると、ヤスさんしかいないと、思ったんです。」  言葉を選びながら、失礼を承知で言うと、ヤスはヒカルの頭を撫でた。  「友達思いなところも、恋人思いなところも、こんな僕に誠実なところも、大好きだよ」  その言葉に愛希が息を呑んだ。  「大好きな君のために、君の大好きな愛希さんを預かります。」  「っ!ありがとうございます!」  「はぁ!?そんなの勝手に決めないでよ!」  愛希が叫ぶように言うのを、ヤスは冷たい目で言い放った。  「自分1人で何も出来ないのに何言ってんの。本当、君は昔の僕みたいでイライラする。」  突然変わった態度に、愛希もヒカルも固まった。  ヤスは愛希の顎をあげ、至近距離で見つめる。  「君は、知った方がいい。周りにどれだけ支えられて今ここにいるのか。不幸になる?当たり前だよ、自分の幸せしか考えてない。誰かのためにって思ったことないでしょ?いいかい?僕は君にはなんの情もない。あるのはヒカル君のために、ってだけ。それだけなんだから、優しくされたいとか思わないでね」  愛希は目を見開いて、ごくりと喉を鳴らした。  「君が不幸だったのは、ここまで落ちるまで、誰も君を叱る人がいなかったことだよ。だから、僕が叱ってあげる。」  「叱る…?」  「そう。さっきも言ったように、僕は君になんの情もない。だから言えることもある。」  ニコッと笑い、顔を放したヤスは愛希の頭をくしゃくしゃと撫で、雇うと言い出した。  「恋人でもないし、友達でもないから、僕が雇い主になってあげる。家事をしてくれたらバイト代をあげる。お仕事の時は出て行ってもいいけど、必ず日付けが変わる前に帰ること。」  「……」  「1日でも怠けたり、約束を破ったら、ヒカル君に何を言われようと君を捨てるから。」  廊下で長谷川が聞いているのが分かって安心する。途中で入らないのは、ヤスの提案を肯定しているのだ。 愛希はシーツを握ったあと、ヤスを見て涙を溜めた目で笑った。  「お世話に…なります。」  頭を下げた愛希にホッとして、ヒカルも頭を下げた。ヤスはニコニコしながら長谷川と退院手続きを行った。  「ヒカル、ありがと」  「ううん。一緒にいられなくてごめん」  「そんな!助けてくれてありがとう。…晴天さんのこと、好きなの?」  「うん。辛い時、そばにいてくれたんだ。明るくて笑わせてくれて、太陽みたいなんだ」  「そうだったね…明るくて、強い人だった。頼れるお兄ちゃんで…っ、いつも、励まして、っ、くれて」  思い出して泣く愛希を抱きしめて背中を撫でる。  「いつまでそうしてるの?行くよ」  ヤスはやっぱり愛希に冷たくて、細い愛希の手を引っ張っていった。  (宜しくお願いします)  2人の背中を見送って頭を下げた。 

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